北海幹線用水路を使って米作りを続ける農家の挑戦

北海幹線用水路を使って米作りを続ける農家の挑戦

この記事をシェアする

twitter facebook line

北海道の中央部に位置する空知平野では、専業農家を主体に大規模で生産性の高い農業経営を展開し、 食料基地・北海道の中核を担っています。
この地に生まれ、 二十歳のときに就農して以来37年間、 北海幹線用水路の水を使って米づくりを続けて来られた奈井江町の農家・岩口一さんにお話をうかがいました。

水の管理はもちろん、レーザーレベラー、GPSを駆使する先進の農業

トラクタと岩口一さん

岩口さんの栽培面積は約32ヘクタール。作っているのは「米、麦、大豆、ブロッコリー少々」とのこと。

岩口一さん
岩口一さん

岩口さん:「やり始めた頃は、水には苦労しました。昔の支線は小さい土水路で、水量も少なかったと思います。 こっちのほうが下(しも)だから、代掻き(しろかき)の頃に、なかなか水が来ないとか。 隣近所で話し合いながら、水を使っていました。でも、ここ20年ぐらいは、水には困らない。 今年も干ばつ気味で、他の幹線では節水しているけど、北海幹線は水量を保っていますね」
通水用ハンドル
通水用ハンドル
通水用ハンドルを回す岩口さん

これだけ広いと水の管理も大変なのでは?と尋ねると、岩口さんは現在の水の管理技術について教えてくれました。

岩口一さん

岩口さん:「これを回すと、水が出てきます。 ここからずーっと塩ビ管のパイプが入っているんですよ。赤いハンドルは排水用です」
排水用ハンドル
排水用ハンドル
集中管理孔

岩口一さん

岩口さん:「ここが、暗渠(あんきょ=地下に埋設された用水路)につながっているんです。 集中管理孔というシステムです。排水もできるし、 暗渠に水を流し込み、下から田んぼに上げることもできます。
麦や大豆に転作するときに、地下水位を上げてやるんですよ。 水が根に届くように、作物に合わせてコントロールするんです。 いいシステムだと思いますよ。水が豊富だから実用化できたんでしょう。 北海土地改良区で考えたんだと思います」

暗渠排水は、田んぼの地下に穴が開いたパイプを埋めて、 このパイプに入り込んだ水を、田んぼの外の水路に排出する仕組みです。 田んぼの地下の水位を下げて、ぬかるんだ田んぼを乾かすことができます。 逆に、この穴が開いたパイプに水を流し込むと、 田んぼの表面まで、下から水を上げていくことができます。

岩口一さん

岩口さん:「これだけ田んぼが大きくなると、水の偏りがないように、 田んぼの土の均平作業も、レーザーレベラーを使う。 そういう時代。防除作業も、GPSです。 自分が農業機械で走った跡をモニターで確認して、防除剤を二重掛けしないようにする。 二重掛けすると濃度が上がって、作物に悪影響を与えるので、継ぎ目をぴったりにするんです」

「水の管理が良くなったから、直播(ちょくはん)にでも挑戦してみよう」

トラクタを運転する岩口一さん

直播(ちょくはん)栽培への挑戦のきっかけは、北海土地改良区によるパイプラインの整備だったそうです。

岩口一さん

岩口さん:「昔は田渡しで水を入れていたんだけど、用水路からパイプで直接、一枚一枚の田んぼに水が入るようになったんです。 他の田んぼと栽培時期がずれてもいけるので、私を含めて三人で、 『水の管理が良くなったから、直播にでも挑戦してみよう』って」
直播栽培を行うトラクタ
直播栽培用の種籾

直播栽培は、種籾(たねもみ)を苗代田(なわしろだ)で発芽させて 苗を田んぼに植え替える(=田植え)という移植栽培ではなく、 田んぼに直接種籾をまく栽培方法です。育苗にかかる費用や時間を省けますが、 種籾を鳥に食べられて収穫量が減少するとも言われています。

鳥害についてお聞きすると、笑って答えが返ってきました。

岩口一さん

岩口さん:「鳥が来ても、見て見ぬふりをすればいいじゃないか、と(笑)。 田植えがいらないし、畑作業気分でスニーカーでできるから、長靴を履かんでもいいし(笑)。 でも、芽が出てくるまで、心配だけどね。忘れた頃に出てくるんだけどね(笑)。出てきたら、もう一安心。鳥は食べに来るけど、思ったより、収量に影響はないなと思って」

鳥害対策として開発された「鉄コーティング湛水直播栽培」

鉄コーティング湛水直播栽培
スズメ

鉄コーティング湛水直播栽培は、種子を鉄粉でコーティングしてから、水を入れた田んぼに 直接まく栽培方法です。鉄粉でコーティングすることで、表面が硬くなり、スズメの食害の 心配が少なくなります。また、重くなるため、水に浮くことを防止できます。
移植栽培と比べ、 育苗作業・苗運搬が不要で約60%の労働時間の短縮が可能など、メリットが多いために注目を集めている農法です。岩口さんの田んぼでは、コーティングした種子と、コーティングしていない種子での直播栽培の研究をされています。

種蒔きから26日後の田んぼ

種蒔きから26日後

岩口一さん

岩口さん:「直播栽培では、田んぼに水を入れたり抜いたりっていう作業も、必要なんです。 丸一日水に浸けて、二日干して、種籾に酸素を与える。出芽してから、それを3~4回繰り返すんです。 暗渠に水を入れて、地下から上げてやるんです。 上から流し込んでも、向こう端まで行くのにちょっと時間がかかるんです。 こっちは水が深いけれど、向こうはなかなか水が薄いという状態ですね」

岩口さんの田んぼは、ほ場整備で広くしたため、一辺が約170~200mもあるそうです。

岩口一さん

岩口さん:「下から上げてやると、平均的に水位が上がって来る。 直播は水の管理がポイントです、ほんとに。毎日、毎朝、水を見てまわる。 全部まわると、2時間ぐらいかかります。まあ、たまにサボるけど(笑)」
種蒔きから85日後の田んぼ
種蒔きから85日後
開花した稲
開花

畦(あぜ)道での情報交換

岩口一さん

岩口さん:「情報交換もよくやります。畦(あぜ)道に座って、半日ぐらい話すこともあるし。奈井江という地域は高品質米へのこだわりの人が多くてね。『ゆめぴりか』の出荷率は毎年、トップ。『ゆめぴりか』は最近、消費者にも評判が良くてね。(何事についても)とっかかりはこの地域は早い、挑戦する地域です。よその方が、直播栽培も見に来る。 農業改良普及センターのモデル地区にもなっていて、現地研修もやっています。 でも大変、変なところは見せられないから。一番いいところを見せんといかんでしょ(笑)」

北海土地改良区の高柳さんもおっしゃっていました。

高柳広幹さん
高柳広幹さん
(北海土地改良区 水土里ネット推進室長)

高柳さん:「空知で米作りができるのは、壮大なビジョンを追求した先人たちのお蔭だと思います」
友成仲の像と高柳広幹さん
友成仲の像と高柳広幹さん

「北海土地改良区四十年小史」に次のような一節があります。
『石狩川左岸の広大なる平野を美田化しようとする先人の夢は70年以前に描かれていた。明治42年、当時空知川を水源として砂川村以南1町6ヶ村にまたがる大地域を対象とする一大灌漑(かんがい)溝の実現を目指して、 空知川灌漑溝期成会が結成せられ、 幹事として北小太郎、細野生二、真田嘉七、山口由太郎、石黒長平、北村黽、中島定六の7氏、(中略)工事の調査設計を北海道庁に請願した。(中略)これが事業計画の濫觴(らんしょう)をなしたものである。』

※濫觴=物の始まり、物事の起源。

明治政府の食料増産の悲願に応えるべく、 空知を米所にしようと、力を合わせた先人たち。そのビジョンもまた、畦道での情報交換から始まったのかも知れません。

国内各地をはじめとして、オーストラリアやフィンランドの農場の視察にも訪れた経験のある岩口さん。

岩口一さん

岩口さん:「直播栽培は、一朝一夕で身につく技術じゃないから、ちょっとやってみるべ、と。 省力化にもなるし、これからやっていかなきゃならない技術だろうなあ、と思って」
岩口一さんと伊藤徹さん
直播栽培の写真を提供してくださった株式会社北海道クボタの伊藤徹さん

平成23年度「米の食味ランキング(日本穀物検査協会)」で最高ランクの特Aを獲得した「ゆめぴりか」へのこだわり。 北海土地改良区による区画整理・排水整備・暗渠排水・客土事業等によるたゆみない総合支援。 大規模化に対応する直播栽培。 先人たちから受け継がれ、今も生き続けるフロンティア精神で、空知農業の挑戦は続いています。

(2012年7月29日 写真提供:北海土地改良区 文責:くぼたのたんぼ管理人)

クボタのたんぼをシェアしよう!

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
ページトップへ ページトップへ