[ 地下空間利用の戦略素形材]
─「次世代上水道」「緊急用飲料水の確保」「ごみ空気輸送システム」─

いっとき「ジオフロントブーム」が到来し、人々はこの言葉から「未来型地下都市」のようなものを思い描き、 おおいに想像をたくましくしたものだ。しかし、人間の歴史を振り返れば、古くより地下空間は開発されてきたし、 有効活用されてきた。 たとえば上水道・下水道の整備として。また、もし現代の都市て舗装や表土をすべて剥ぎ取ったなら、 恐ろしいほどの密度で上水道・下水道・ガスなどのパイプライン網が現れる…。

地下空間の開発という時、まず、この地下パイプライン網をテーマとして取り上げなければならないであろうし、その技術的バックボーンがあって初めて「未来型地下都市」の具体像も語ることができるというものである。というのも、地中という厳しい条件下(外荷重・腐食)に耐える、しかも5年や10年ではなく何十年何百年というスパンで耐え切る素材・素形材の性能が求められるからである。
 この「これからの地下空間利用」にとっての“戦略素材・素形材”ともいうべき存在が、「ダクタイル鋳鉄」であり「ダクタイル鋳鉄管」だ。ダクタイル鋳鉄管の生産では世界最大の規模を誇るクボタ・武庫川製造所を訪ね、鉄管研究部の岩本利行氏(副部長)、井上静夫氏(副部長)、久保俊裕氏(課長)に、ダクタイル鋳鉄管のこの領域での可能性について聞いた。



● 鋳鉄材料分野における「今世紀最大の発明」

 そもそもダクタイル鋳鉄とは何か?元来、鋳鉄(いわゆる普通鋳鉄)と鋼(はがね)を比較した時、鋳鉄は耐食性・吸振性・耐摩耗性・成形性などにより優れた材料特性を示す。だが、最大の弱点は衝撃に弱いこと、つまり脆弱性にあった。鋳鉄と鋼の化学組成(炭素含有率:注1)の違いから、この利点と弱点とはいわば“コインの裏表”の関係と考えられていた。この弱点を一挙に克服し、鋳鉄でありながら鋼と変わらない強度と伸びをもつという夢のような材料が「球状黒鉛鋳鉄」であり、通称「ダクタイル鋳鉄」(Ductile Iron)と呼ばれるものである。
 その秘密は金属組織の中にある。普通の鋳鉄を金属顕微鏡で見ると、金属組織の中の炭素の結晶である黒鉛が細長い「片状」で分布している。ダクタイル鋳鉄の場合、「球状」となっているのである。例えるならこうだ。1枚の紙にいくつかの片状の切れ目を入れる。もう1枚の紙には(切れ目と)同じ面積の円形の穴をいくつか開ける。左右なり上下なりから同じ力でこの2枚の紙を引っ張った時、どちらが破れやすいか、破れにくいか?
 このダクタイル鋳鉄は1948年アメリカで発明されたもので(注2)、当時、材料分野における「今世紀最大の発明」「第三の鉄」といわれた。しかしながら、その製造はきわめて難しく、実製品に応用することは至難の技であった。だが1954年、クボタは世界にさきがけて大口径ダクタイル鋳鉄管の製造に成功。ついで1957年、遠心力鋳造法によるダクタイル鋳鉄管の量産をも実現させたのである。
 
 
 


1957年に実現した遠心力鋳造法によるダクタイル鋳鉄管の量産技術は、以降さまざまな応用技術を付加しながら、鋳鉄管そのものに新しい価値を与えていく


バイプ・イン・パイブ工法
─既設パイブをさや管にダクタイル鋳鉄が新パイプとして挿入される


1964年の新潟地震を契機に、より高強度の耐震継手開発のための定期観測および各種テストが行われている。
 

● 「次世代上水道」とダクタイル鋳鉄管
 
 我が国の水道事業はすでに百周年を経て、高普及時代を迎えている。厚生省では1990年に水道施設設計指針を改定し、また91年には「ふれっしゅ水道計画」を策定、21世紀に向けた水道整備の長期目標を示した。
 その内容をひと言で表現するなら、「質の高い水道施設づくり」、水道事業の量から質への本格的転換である。そして、目を引くのは、地震などの災害にも強い水道を強調している点である。
 一方、この水道施設の大部分を占める管路(上水道パイプライン網)では、老朽管の更新が課題となっている。現在、埋設されている水道管路は総延長で約50万km、管路更新の年間実施割合は1%程度(大都市で1.4%)である。このペースで更新が行われるとするなら、現在、埋設する管路は百年以上経過しないと更新されないことになる。さらに(何も今に始まったことではないが)モータリゼーションの進展により、管路に加わる自動車荷重はいっそうの増大傾向にある。広範な地域で発生している地盤沈下という、管路にとっては深刻な課題もある。
  つまり、瞬間的に発生する巨大な衝撃に耐え、長期間にわたって、しかも持続的に加わる厳しい圧力に耐える管路が求められる。こうした要求に応える第一の戦略素形材として位置付けられているのが、ダクタイル鋳鉄管だ。これまでの布設例・実験では「管体破壊」(パイプそのものの破損)はない。「ダクタイル」の素材特性(強度・伸び…)と「鋳鉄」の素材特性(耐食性・耐摩耗性…)がこの厳しい要求を十分にクリアしているのである。
 ここで技術的課題は「継手技術」へとシフトする。離脱防止継手・耐震継手…パイプとパイプをつなぐ構造設計の開発も進む。さらに現代の都市事情・交通事情に見合った新しい施工技術。たとえば「パイプ・イン・パイプ工法」「既設管破砕推進工法」も開発されている。既設パイプをさや管としてその中に新パイプを挿入し管路更新する工法であり、既設パイプを破砕しながら新パイプを推進させ管路更新する工法である。パイプとパイプの接合を省人自動化する「接合ロボット」の研究開発も進む。「高度浄水」のコンセプトにも対応した、パイプ内面処理技術の高度化(たとえば内面エポキシ樹脂粉体塗装)も進む。
 現在、ダクタイル鋳鉄管が日本の上水道パイプライン(本管)の中に占める延長距離の割合は、概ね4割。ダクタイル鋳鉄管は「次世代上水道」への技術的準備をほぼ完了させ、その戦略素形材としての位置をますます確かなものとしつつある。
 
地下空間には日常我々の目に触れることのない“ライフライン”が縦横に張り巡らされてる