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「クボタ・毎日地球未来賞」を通じ、クボタが応援する若い力 第6回捨てられた野菜は、未来をつくる宝物

2025 . 12 . 26 / Fri

渥美農業高等学校の正門前でトマトを手に持つ元動物科学部の卒業生と元顧問の先生

写真・文:クボタプレス編集部

2025年5月に農林水産省が公表した2023年度の日本の食品ロス量は、年間約464万トン。2000年時点に比べると半減したものの、それでもまだ国民一人当たりに換算すると、毎日おにぎり1個分が捨てられています。食品ロスは単にもったいないだけではなく、焼却する際のCO₂排出や、埋め立て時に発生するメタンガスによる地球温暖化、食料生産にかかる資源の無駄づかいなど、様々な環境問題を引き起こし、さらには生態系に深刻な悪影響を及ぼします。

「食料・水・環境」という三つの分野で活動する団体や小中高生・大学生などの若い人たちを顕彰する「クボタ・毎日地球未来賞」において、食品ロスの一端である廃棄野菜の削減をテーマにした研究で2024年度第14回のクボタ賞を受賞した、愛知県立渥美農業高等学校動物科学部の卒業生と元顧問の先生にお話を伺いました。

廃棄される規格外トマトを「私たちの力で削減できないか」という思いからスタート

2025年3月、政府は「食品ロスの削減の推進に関する基本的な方針」を閣議決定し、2000年度比で2030年度までに家庭系食品ロスは50%、事業系食品ロスについては60%削減するという目標を定めました。食品ロス削減は消費者、企業、行政、学校など社会全体が連携した取り組みが求められる重要な課題です。

食品ロス量の推移と削減目標のグラフ

※拡大画像を見る
食品ロス量の推移と削減目標を示したグラフ。政府は2030年度に家庭系・事業系ともに2000年度の50%減を目標としていましたが、事業系は2020年度推計で目標を達成したことから、新たな60%減の目標を設定しました(消費者庁食品ロス削減特設サイトより)。

愛知県立渥美農業高等学校が所在する田原市は、全国有数のトマト産地であることから、生産量の多さに伴う規格外トマトの廃棄量の多さが課題となっていました。規格外トマトとは食用として問題はないものの、色や形が市場の規格と合わないために廃棄されてしまうものを指します。

令和6年度の都道府県別トマト収穫量のベスト5を示したグラフ

2024年度(令和6年度)の都道府県別トマト収穫量を示したグラフ。愛知県は全国第3位。田原市はその愛知県において丸玉トマト(「桃太郎」に代表される丸い形のトマト)のシェア約50%を誇る全国有数のトマト産地(農林水産省「令和6年産指定野菜(春野菜、夏秋野菜等)の作付面積、収穫量及び出荷量」をもとに作成)。

渥美農業高等学校の動物科学部の部員たちは、規格外トマトを学校で飼育している豚の飼料として活用できれば廃棄量の削減につながると考え、JAから規格外トマトの提供を受け、2021年5月から廃棄されるトマトの有効利用に関する研究を始めました。

研究が代々引き継がれることで、成果が少しずつ形になる

今回お話を伺ったのは、クボタ・毎日地球未来賞の受賞記念活動報告会で発表者を務めた卒業生の佐野楓さんと、当時、動物科学部の顧問として生徒たちを指導していた尾崎智子先生です。

卒業生の佐野楓さんと現在は別の農業高校で教鞭を執る尾崎智子先生

卒業後、渥美半島の伊良湖岬にあるホテルに就職した佐野 楓(さの・かえで)さん(左)と、現在は愛知県立安城農業高校で教鞭を執る尾崎智子(おざき・さとこ)先生(右)。

研究の第一歩は、実際に学校で飼育する黒豚にトマトを与え、トマトが豚の飼料として有効かどうかを確認することから始まりました。佐野さんによれば、丸玉トマトをそのまま豚に与えても豚が食べてくれなかったため、試行錯誤の末、トマトをミキサーにかけてジュース状にし、粉末状の飼料に混ぜて与える方法に行き着いたそうです。

ミニトマトを食べる黒豚

研究を始めた頃、黒豚に試しにミニトマトを与えたときの様子。そのままの形だと鼻先でころがすだけで餌だと認識しないため、少しつぶして汁を出した状態で与えていました。

黒豚にトマト入りの餌を与える様子

液状の規格外トマトを20%加えた飼料を与えているところ。豚は好んで食べ、トマト入り飼料の嗜好性の高さがうかがえました。

トマトをジュース状にして加えた餌は水分量が高く、豚の嗜好性にも合っていたようで、「これまで与えていた粉状の餌と比べて、よく食べてくれました」と佐野さん。食が細る夏場もトマトを加えた餌は豚の食欲が増し、通常の餌を与えた豚と比べて体重の増加が顕著に認められ、規格外トマトの飼料としての有効性が確認できました。

通常の飼料と与えた黒豚と、トマト入りの飼料を与えた黒豚の平均体重の推移を比較したグラフ

通常の飼料を与えた黒豚と、トマト入りの飼料を与えた黒豚の平均体重の推移を比較したグラフ。トマトを与えた豚は食欲が落ちる夏場も順調に発育し、時間とともに通常の飼料を与えた豚より体重の増加が見られました。

しかし、学校で飼育している黒豚の餌に混ぜる程度では廃棄量の大幅な削減にはつながらないことから、次に取り組んだのが、地域と連携したオリジナル商品の開発です。規格外トマトとそれを食べて育った黒豚の肉を生かした商品がつくれないかと考えた生徒たちは、田原市のPR につなげること、多くの方に購入していただくことを目標に、田原市役所農政課や外食・食品・マーケティング・地域産業育成支援など様々な分野の事業所の協力を得て、黒豚をミンチに加工したレトルトカレーを考案。食品会社に製造を依頼して何通りもの試作を繰り返し、トマトの酸味を生かしたキーマカレーを完成。さらに部員が描いた黒豚のイラストを使ってパッケージもデザインし、研究2年目の2022年、ついに商品化にこぎつけました。

左:1箱750円で販売した「黒豚とトマトのキーマカレー」。パッケージのデザインも生徒たちが手がけました。右:完成したカレーと宣伝用につくったパネルを手にした部員たち。

製造した2650食のレトルトカレーの販売は、すべて生徒たちが地域のイベントや事業所の交流会などに参加して自ら行いました。佐野さんによれば、自分たちが販売まで一貫して行ったことにより、購買者に同校の活動を直接アピールする、よい機会になったということです。

翌年には、さらに廃棄トマト削減の取り組みを田原市の人々に広げたいと、第2弾のカレーを企画。より多くの人の手に取ってもらえるよう、第1弾では750円だった価格を450円に抑えるとともに、スパイスを控えめにして子どもが食べやすい味にし、同校で生産したタマネギと黒豚を使用した「あつのうカレー」*として商品化しました。佐野さんは「商品を手に取りやすいように工夫したことで、大人から子どもまで、より幅広い消費者に思いを伝えることができました」と振り返ります。

こうして渥美農業高等学校の活動は、自分たちの取り組みを伝えるだけでなく、『もったいないをなくしたい』という思いを市民の人たちに共有してもらう動きへとつながっていったのです。この商品化プロジェクトは生産・加工・販売のすべてを地元で完結させる6次産業化モデルとして、多方面から高い評価を受けました。

  • 「黒豚とトマトのキーマカレー」「あつのうカレー」ともに完売のため、現在は発売されていません。

豚の飼育から、次第に食品ロスを意識する地域づくりへと目標が広がる

研究を進めるうちに、生徒たちから飼料にトマトを加えた黒豚と、通常の飼料だけで育てた黒豚では「味が違う」という意見が出てきました。そこで3年目の2023年には、「規格外トマトを飼料にすることで豚肉がおいしくなる」という仮説を立て、肉質の向上を数値化して証明する実験に取り組みました。その結果、トマトを飼料にした豚とそうではない豚の精肉の成分を分析して比較すると、トマトを与えた豚の肉の方が、旨味成分であるイノシン酸が多いことがわかったのです。そこから「トマトに豊富なグルタミン酸がイノシン酸を増加させた」と考え、与える量や時期を変えるなど、条件を変えて実験を繰り返し、豚にトマトを与えるとイノシン酸が増加することを立証することができました。

トマトを与えた豚と与えていない豚の肉を比較した写真と、旨味成分の違いを示した表

写真の中央は通常の餌を与えた黒豚の肉で、左と右はトマト入りの餌を与えた黒豚の肉。見た目にもトマトを与えた黒豚の肉のほうが脂肪が多いのがわかります。イノシン酸は早い時期からトマトを与えたほうが多くなる傾向が見られ、体重80㎏から120㎏で出荷するまで与え続けた黒豚の場合、トマトを与えたほうが肉100g当たり、イノシン酸が約40㎎増加しました。

また、実際に豚を飼育する農家に規格外トマトを活用してもらうために、この年にはこれまで液状にして与えていたトマトをドライ化し、粉末状にして飼料に加える実験も行いました。「トマトは90%以上が水分なので、ドライ化によって軽量化し、豚飼育農家の労力を減らすことで飼料として扱いやすく、また、トマトが収穫されない冬場も安定して供給できるようにしたいと考えました」と佐野さん。

乾燥中の規格外トマト

切ったトマトを乾燥機にかけるところ。

乾燥後、粉砕する前のトマト

乾燥後。このあと、ドライトマトをミキサーにかけ、粉末化します。餌の軽量化は図れたものの、「毎日トマトを切って乾燥させて粉末にする加工作業は大変でしたね」と佐野さんは笑顔で語ります。

このように規格外トマトの可能性を広げ続けた生徒たちは、4年目には集大成として二つの課題に取り組みました。

一つ目は、真のおいしさの追求です。豚の飼育農家に規格外トマトを飼料として使ってもらうためには「トマトで育った豚の肉を人が食べて、よりおいしいと感じるかどうかを客観的に証明する必要があると考えたからです」と佐野さんは言います。イノシン酸は確かに旨味成分の一つですが、食べ物の味は単一の成分で決まるわけではありません。人間は数値では捉えられない微妙な違いを感知し、食感、香り、見た目などを含めた総合的な評価でおいしさを感じます。そこで、佐野さんたちが3年生になった2024年には、専門機関に依頼し、プロの検査員が豚肉の味や食感を評価する官能検査も実施しました。2度の検査の結果、旨味や甘み、柔らかさやジューシーさなど、いずれの項目も向上し、規格外トマトを与えた豚は、通常の餌で飼育した豚よりおいしくなっていることがわかり、豚農家のかたに規格外トマトを飼料として使ってもらうための説得材料が揃いました。

さらに、佐野さんたちが先輩から受け継いだ研究の最終年に力を入れた二つ目のテーマが、市民の方々と食品ロス削減への協力関係をより強固に築くことでした。

田原市の商業施設で食育イベントを開催したときの様子

田原市の中心にある複合商業施設セントファーレで開催した食育イベントの様子。右から3番目が佐野さん。

農業が盛んな田原市の市民一人ひとりが食品ロス削減を意識すれば、「作るだけでなく、みんなで無駄なく消費する田原市」に進化できると考え、自らその先頭に立とうと、食品ロス削減を心がける団体「プロジェクトP」を設立したのです。市民が集まる場で食育イベントを開催し、子ども向けのゲームを実施したり、レトルトカレーやソーセージなどの開発商品を販売するとともに、簡単な規約に同意すれば無料で「プロジェクトP」の会員になれるしくみを説明し、会員を募集しました。

「プロジェクトP」への参加を呼びかける生徒の様子

食育イベントで「プロジェクトP」への参加を呼びかける部員。会員登録してくれた人にはオリジナルのステッカーやLINEのスタンプを配布しました。

イベントが食品ロス削減意識につながったかどうかを参加者に尋ねたアンケート結果のグラフ

会員にアンケートを行った結果。食品ロスを削減する意識につながったかどうかを尋ねたところ、81%がつながったと回答しました。

会員になってくれた皆さんにアンケートを実施したところ、食品ロス削減への意識が高まったという回答が非常に多く、若い世代の発信から食品ロス、ひいては地球環境問題が自分に身近な課題だという気づきの輪が広がっていることに、大きな手ごたえを感じたと佐野さん。それがクボタ・毎日地球未来賞の「クボタ賞」受賞につながりました。

佐野さん

就職先にホテルを選んだのは、動物科学部の活動を通して、イベントなどで市民の皆さんとコミュニケーションを取るのが楽しくなり、もっと接客業を極めたいと思ったからだと佐野さんは語ります。

高校が発信する活動を起点に、地元の農業を持続可能な未来へとつなげたい

尾崎先生によると、高校生が対象の賞や大会の中に、研究テーマが農業、または環境というものは数多く存在しますが、クボタ・毎日地球未来賞のように食料生産と環境問題の双方に関わるテーマの研究を対象にしたものは少ないため、そこに意義を感じて何度もチャレンジし、4年目にようやく実を結んだということです。

尾崎先生

現在は自分の母校で酪農を学ぶ生徒たちとともに新たな研究に取り組んでいるという尾崎先生。クボタ・毎日地球未来賞への挑戦も続けていきますと抱負を語ってくれました。

「農産物や畜産物をたくさん作っていればそれでいいという時代は終わり、これからは作った後のこと、環境のことまで考えていかなければ、もはや農業は産業として成立しなくなります。そのためには高校生のうちから地域の皆さんと一緒に、そうした課題に取り組むことが大切だと思っています」と尾崎先生。

捨てられる特産品の野菜を未来の宝物として見事に生かし、よりおいしい畜産物をつくるという好循環を生み出した渥美農業高等学校の生徒たち。地域を巻き込んで課題解決に挑むその柔軟な発想と行動力は、私たち大人こそ見習うべきものだと強く感じました。彼らの研究が評価されて受賞につながったことは、今後、日本各地の農業地域が抱える共通の課題を、若い世代が解決に導く道筋を示しているといえるでしょう。

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