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TECHNOLOGY

「食料問題の解決には、多様性のある革命が必要だ!!」安心、安全な食料供給に向けて、世界2,245チームが参加したアグリテックプロジェクトを推進する研究者に聞く!!

2020 . 10 . 30 / Fri

圃場にあるとうもろこし畑の前で立っている郭威先生

写真・文:クボタプレス編集部

世界の人口が増加する一方、農業従事者が減少し食料不足が懸念されている中、農産物の収量と品質の向上および農作業の効率化、省力化を目的としたICTやロボットなどの先端技術の研究開発、農業への導入が盛んになっています。

そのような流れの中、2019年11月、農業における画像解析技術の研究者が中心となり、日本、フランス、カナダ、スイス、イギリス、オーストラリア、中国の大学および研究所の有識者が集まった国際プロジェクト「Global Wheat Dataset」が立ち上げられました。

本プロジェクトの目的は、世界中のさまざまな環境で多彩な品種が栽培されている小麦を対象に、その穂数をAIによって自動計測するモデル*1を作成し、どのような環境下でも小麦の生育を予測できる農業を実現すること。今回のクボタプレスでは、プロジェクトを推進した東京大学大学院 農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構の助教・郭威先生と、プロジェクトに協賛したクボタのシステム先端技術研究所にインタビューを実施。本プロジェクトの意義と未来の農業の姿を紐解いていきます。

  1. *1.AIがアウトプットを行うための具体的な計算式、計算方法。

汎用性の高い麦穂の自動計測モデルを作成し、未来の農業へとつなげるプロジェクト

──「Global Wheat Dataset」プロジェクトを立ち上げた狙いを教えてください。

「小麦の栽培や研究現場では、収量を調査するために単位面積あたりの穂数を数えるのですが、主に目視で行われるため多大な時間と労力がかかります。小麦の穂数を自動計測するモデルの研究結果は既にありますが、限られた実験データを元にしており、汎用性が高くありません。大規模で汎用性の高い自動計測モデルを作るためには、データの多様性を一気に向上させることが重要です。そこで本プロジェクトを立ち上げ、まず4,500枚以上の小麦の画像にラベル付け*2を行った『Global Wheat Head Detectionデータセット*3』を構築し、公開しました」

  1. *2.AIが学習に用いるデータに、正解となる答えを紐付けること(アノテーション)。例えば小麦の画像には、品種や土の状態、気候条件などを紐付けます。
  2. *3.プログラムで処理されるデータの集合体。
キャンパス内の会議室でGlobal Wheat Datasetプロジェクトについてインタビューを受ける郭威先生

郭威(かく い)先生。東京大学大学院 農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 助教。2006年に来日し、2014年に東京大学大学院 農学生命科学研究科博士課程を修了(農学博士)、2019年より現職。専門は農業情報学、植物フェノミクス。

──非常に多くのデータを内包した画像データセットですが、構築の際に苦労した点はどこですか?

「さまざまな国から集めた小麦の画像はサイズも撮影方法もバラバラでしたので、まずはプロジェクト内で定めた基準で画像を整合化していきました。また、ラベル付けする際にノギ(小麦の先端にある棘状の突起)を含めるのか、一部しか写っていない麦穂にラベル付けをするのかなどといった、学習データ*4の作成基準を設ける必要がありました。学習データの作成基準を定めないと、ある研究者はラベル付けをするけれど、別の研究者はしないということが起きてしまいます。そのため、各国の研究者がラベル付けしたデータを送りあって互いに修正するなど、プロジェクト内でデータを何度もやり取りして学習データの作成基準を固めていきました」

  1. *4. AIが学習するために用いるデータ
小麦の穂にラベル付けが行われた画像データセット

小麦の穂にラベル付けが行われた画像データセット(写真提供:Global Wheat Dataset)

エンジニア的な発想がスマート農業を加速させる

日本の東京大学、フランスのINRAE(国立農業・食糧・環境研究所)、オーストラリアのクイーンズランド大学、カナダのサスカチュワン大学が中核となってスタートした本プロジェクトは、さまざまな国や機関、インターネット上でのPRを経て、7カ国・9研究機関が参加する規模にまで拡大。

これらの研究機関の国際共同研究によって構築されたGlobal Wheat Head Detectionデータセットを用いて、郭先生たちは小麦の穂の数を画像から計測するモデルを募集し、その精度を競う賞金付きのコンペティション「Global Wheat Head Detection Competition」を開催しました。

2020年4月から8月にかけて開催されたこのコンペティションには、世界中から2,245チームが参加し、1位がベトナム、2位がアメリカ、3位がスロベニアのチームという結果になっています。上位3位以内の受賞モデルは今後、オープンソースとして公開され、さまざまな企業や組織が利用できるようになり、農業におけるAI活用が加速することが期待されます。

――コンペティションには非常に多くのチームが応募し、大きな反響を呼びました。

「学会で宣伝したり、研究者のコミュニティでアピールしたりしましたが、世界のデータサイエンティストが集まるKaggle*5で募集したことも大きかったですね。車や人といったテーマが多い中で小麦を題材にしたコンペティションが出てきて、新鮮だったのだと思います」

  1. *5.企業や研究者がデータを投稿し、データサイエンティストがそれに対して最適なモデルを競い合うコンペティションのためのプラットフォーム。

──このコンペティションを実施して得られたことを教えてください。

「エンジニアの発想から生まれた優秀なモデルを見て、大変勉強になりました。画像解析の精度を上げるためには、エンジニア的な発想が非常に重要です。我々のような農業の研究者が、データサイエンティストの皆さんのエンジニア的な発想を身につけることで、データを活用し、生育を予測する農業がさらに加速していくと思います」

――今後、本プロジェクトはどのような展開を見据えていますか?

「画像データセットの構築とコンペティションの開催により、AIを農業の現場で活用し、よりスマート化された農業を実現するための一歩を踏み出すことができました。今後は研究により多様性をもたせるためにも、まだプロジェクトに参画していないアフリカ、南米、インドのメンバーを加え、次の活動を展開していきます。将来的には、農業のビックデータを提供できる場を作り、世界中さまざまな国や地域の皆さんに、もっと農業に興味を持ってもらいたいと考えています」

研究室で、AIに小麦の画像を学習させ、リアルタイムで麦穂を認識するプログラムを構築している様子

郭先生の研究室では、カメラと連動したAIコンピューティングプラットフォームに、スライドショー形式で映した大量の小麦の画像を学習させ、リアルタイムで麦穂を認識するプログラムの構築も行われていました。

農業に革命を起こし、“楽な農業”を実現したい

本プロジェクトでは、生産者も研究者も圧倒的に多く、世界的に関心度が高い小麦を対象としています。その理由を、郭先生は「メジャーな作物で研究の成果を出し、農業に革命を起こしたいからです」と話してくださいました。

「人力や畜力を用いた“歩く農業”が、トラクタの登場によって“座る農業”に進歩し、 数十倍、数百倍もの効率化がなされました。そこからさらに、圃場に行かなくても農作業が進む“楽な農業”への革命を起こしたいという夢を持っています。今はトラクタに乗って作業していても、自分の目で現場の状況を確認しないといけません。その目を切り替えたいのです」

郭先生が例として挙げたのは、スマートグラスの活用です。例えば、スマートグラスを通じてどこにいても圃場の様子が見られ、作物の生育状況を分析した情報を確認できます。それらの情報を元に、農薬や肥料の散布といった作業を的確なタイミングで農機に指示し、それを農機が自動で行います。このような未来の農業を思い描いているといいます。

──農業に革命を起こし、未来の農業を変えていきたいという思いは、どこから来るのでしょうか。

「食料問題を解決したいと考えています。革命を起こすと言っても、あらゆる国や地域で実現できる多様性が必要です。では多様性のある革命とは何か。トラクタから発展した先は何なのか。それをずっと追究しています。革命が起きるような技術はまだ世に出ておらず、仮に出たとしても、技術が農業のあらゆる現場で使われるようになるにはさまざまな企業の協力が不可欠で、クボタもそのひとつです。最先端の知識と技術を結集して、どの国や地域でも、安心、安全な食料を高収量で安定的に生産できる“楽な農業”をともに実現していきたいと思っています」

圃場の前で微笑みながら自身の思いを語る郭威先生

郭先生は「寝ていても作業ができるような農業を思い描いています」と、笑顔を交えながら語ってくれました。

安心、安全な食料の安定供給につながる取り組みをクボタが支援

多くの課題を抱える農業の現場と向き合いながら、データ活用と農機の自動化を組み合わせたアプローチで、農業の未来を変えるべくスマート農業を推進しているクボタ。そのクボタが、Global Wheat Datasetプロジェクトに協賛を行った理由は何なのでしょうか。研究開発本部 システム先端技術研究所 システム開発第一部長の荒木浩之さんにお話を伺いました。

会議室でGlobal Wheat Datasetへの協賛について話す荒木浩之さん

荒木浩之(あらき ひろゆき)さん。1989年に入社し、クボタコンピュータ株式会社に配属されキャリアをスタート。現在はシステム先端技術研究所 システム開発第一部の部長としてグローバルに向けたスマート農業の先行研究を担当。

──クボタがGlobal Wheat Datasetプロジェクトに協賛した理由を教えてください。

「Global Wheat Datasetプロジェクトが取り組んでいる研究内容は、作物の生育を判断し、その時に必要な作業を実行するという農機の知能化のために必要なことのひとつであり、それは安心、安全な食料を安定的に供給するという、クボタの目指す未来の農業の姿と一致します。本プロジェクトが作成した画像データセットや、コンペティションの優勝モデルはオープン化されますが、これは農業に関わる世界中の人々が、農業をより良くするために活用できる共通基盤となります。この共通基盤を作る取り組みを、クボタは協賛という形で支援することとしました」

──画像データセットや小麦の穂の検出モデルといった本プロジェクトの成果物は、企業ではどのように活用されるのでしょうか?

「オープン化されたモデルや画像データセットの利用はもちろん、優秀なモデルのメソッドや画像データセットのラベルの付け方を自社の開発に応用することが可能です。さらに、膨大なデータを携えたデータセットを使えば、データの処理速度が圧倒的に加速します。例えば、位置情報に基づいて長期にわたり蓄積された作物の生育データを、土壌や気候の状態、水の与え方など多角的に分析することで、作物の生育を高い精度で予測できます。これにより、AIが次に必要な農作業を提案できるようになります。これはシステム先端技術研究所が目指す、データに基づいた精密農業の姿ですね。また、世界のスマート農業の研究者が身近になり、彼らが研究するグローバルの最先端技術に触れることができるのも魅力です」

農業の一貫体系の自動化を目指して

グローバルでの農業従事者の減少と、人口増加による食料不足への危機感から、本プロジェクトのように、農業に最先端のIT技術を積極的に活用する取り組みが世界中で進行しています。

例えば、機械学習でイチゴやリンゴの成熟度やサイズを自動で識別し収穫するロボットや、作物にスマートフォンをかざすだけで栄養素や追加肥料の要不要がわかるアプリなど、農業の課題をテクノロジーで解決しようとするスタートアップが次々に登場しています。こうした「アグリテック」の世界市場規模は、2019年から2025年の間の年平均成長率18%を超えると予測されています。このような世界的潮流の中で、クボタは本プロジェクトのようなグローバルネットワークとの連携によって、未来の農業を実現するための次なるステップを見据えています。

「クボタは、品質や耐久性が高い製品を生み出してきた技術をベースにグローバル化し、農機の自動化も自社で実現してきました。次のステップは、各地域作物における農業の一貫体系の自動化です。農機の知能化を実現し、各国で安心安全な農作物を安定供給するためには、膨大なデータを活用できるシステムやアルゴリズムといった最先端のICTやAI技術が必要です。オープンイノベーションとして、クボタの得意分野と、研究機関や大学などの社外パートナーの得意分野を融合することで、農業の一貫体系の自動化を実現していきたいと考えています」

Global Wheat Datasetプロジェクトとの今後の展開について語る荒木浩之さん

「Global Wheat Datasetプロジェクトに集まる世界の研究機関とネットワークを構築し、次の先端技術研究の情報交換を行うなど、さまざまな展開が考えられます」と、荒木さんは今後の展開に期待を寄せていました。

編集後記

農業へのICTやAIといった先端技術の導入は難しいとされていたのは過去の話となり、今や世界中で農業の先端技術活用が一気に加速しています。その中で、食料問題解決と農業のさらなる進化を目指して立ち上げられたGlobal Wheat Datasetプロジェクトを、クボタは安心、安全な食料の安定供給を目指す同じ仲間として支えています。本プロジェクトのような、グローバルトップレベルの研究者による農業への先端技術の活用によって、これからますます進化していくであろう農業分野の将来性と可能性、そして世界とのつながりを強く感じられた取材となりました。

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