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2025年大阪・関西万博 未来の都市 シリーズ第4回「おいしい」を感じる力が、未来を育てる。──味覚の授業®フランス館にて
2025 . 08 . 22 / Fri

写真提供:「味覚の一週間」®実行委員会
文:クボタプレス編集部
2025年7月19日と20日、大阪・関西万博のフランス館で、小学生と保護者を対象に『味覚の授業®』が開催されました。フランスで生まれたこの食育プログラムは、五感を使って“味わう”ことの大切さを伝えるもので、日本でも長年にわたって実施されてきました。今回はその15周年を記念し、万博会場での特別開催が実現しました。
本イベントには、帝国ホテル第3代総料理長の杉本雄氏、料理研究家のコウケンテツ氏、リュミエールグループ オーナーシェフの唐渡泰氏や、ガストロノミー ジョエル・ロブション エグゼクティブシェフの関谷健一朗氏など、一流の料理人たち(6名)が講師として登壇。
クボタは協賛企業として本イベントに参画し、独自セッション「未来の食と農業」を実施しました。食卓の背景にある農業の仕組みや社会的課題を子どもたちと共有し、次の時代を支える「気づき」の場を作りました。
ここからは、万博会場で行われた『味覚の授業®』の様子をレポートします。
五感で味わい、言葉で伝える──世界へ広がる味覚の教育
「味わうとは、五感すべてを使うこと」
そんな言葉から始まるのが、フランス発の食育プログラム『味覚の授業®』です。1980年代、ファストフードの広がりとともに薄れゆく食文化を守ろうと、フランスで誕生したこの授業は、『五味(塩味、酸味、苦味、甘味、うま味)』を実際に体験しながら、食材の力や食卓の背景、そして「感じる力」や「自分の言葉で伝える力」に気づいていく時間です。
現在では、日本をはじめヨーロッパ諸国やアジアなど、世界各地の教育現場でも取り組みが広がっており、食育の国際的なモデルとして注目されています。食文化が急速に変化し、調理の工程や背景に触れる機会が減るなかで、味の良し悪しではなく「自分はどう感じたか」を大切にするこの授業は、感性を育み、他者と考えを共有する力も養う実践的な学びとして支持を集めています。
“おいしい”の正体を探る旅、一流シェフと五感の実験室
「おいしいって、なんだろう?」
杉本雄氏(帝国ホテル第3代総料理長)による味覚の授業は、そんな問いかけから始まりました。
『五味』それぞれの味を試すために、子どもたちの前には5つの小さなカップが並びました。中には塩、ワインビネガー、ビターチョコレート、砂糖、かつお節。子どもたちは小さなカップを手に取り、ひと口ずつ、そっと味わってみます。
「塩だと思ったら、ちょっと苦かった」
「甘いのに、後から酸っぱくなってきた」
舌の上の感覚に戸惑いながらも、香りや見た目をヒントに、自分の感じたことを探るように話し合います。
そんな様子を見ながら、杉本氏は語ります。
「味は、舌だけで感じるものじゃない。見て、聞いて、匂って、触れて、五感すべてで感じるものです」
素材の色彩や質感、音、そして余韻までも含めた“おいしい”の広がりに子どもたちを誘います。
チョコレートの苦味に戸惑い、かつお節のうま味を吟味する子どもたち。その姿を見つめながら、杉本氏は「うま味」という味覚の奥深さにも触れました。杉本氏が伝えたかったのは、「おいしいって、なんだろう?」という問いの本質。味の良し悪しではなく、「どう感じたか」を、自分の言葉で伝えること。そこに、味わいがあると杉本氏は教えてくれます。

五味を代表する食材を試食して、感じた味をどう表現するか考える子どもたちの様子。
味覚の実験を終えた後、杉本氏が次に取り出したのは、2匹のタイ。ひとつは天然、もうひとつは養殖のものです。
「この2匹、見た目やかたち、どこが違うと思う?」
子どもたちは2匹のタイをじっくり見比べ、色や形、質感の違いに気づいたことを言葉にしていきました。すると、自然と「なぜ違うのか」「どこで育ったのか」といった、素材の背景への興味が芽生えていきます。
授業の後半では、魚を取り巻く世界の環境変化についても語られました。日本では魚を食べる量が減る一方、海外では日本食や魚料理への関心が高まり、その魅力が改めて見直されつつあります。また、限りある海の資源とどう向き合っていくかを、そこに関わるすべての人とともに考えていく大切さも伝えられました。
「料理ができるまでには、食材を作った人、運んだ人、選ぶ人、本当にたくさんの人が関わってくれている。それを感じる心がなければ、私たちも“おいしい料理”は作れません。また、自分たちが口にする食材が、どこから来て、どのように育てられたものなのかを想像する力を地球規模の視点でも大きく持ってください」
一皿の“おいしい”の背後に、どれだけの人が関わっているのかを知ること。一流の料理人の言葉は、子どもたちだけでなく、保護者の心にも静かに、しかし深く刻まれました。

帝国ホテル第3代総料理長 杉本 雄(すぎもと ゆう)氏
違いを楽しむ“食”の冒険、世界の台所からのメッセージ
「世界の家庭料理は、優しさと好奇心でできています」
そう語りかけたのは、料理研究家のコウケンテツ氏。世界30カ国以上を旅し、各地の家庭の食卓に触れてきた経験から、子どもたちに“おいしい”の原点をユーモアと熱量たっぷりに伝えてくれました。
「料理を教わるときに大事なのは、ただ作り方を真似することじゃないんです。相手に興味を持つこと、そして積極的に関わろうとすることなんです」
そう語るコウ氏の体験談には、世界をめぐるなかで出会った、食と暮らしの物語が詰まっていました。ウズベキスタンで出会ったパン職人の母娘、そしてカンボジアの水上学校と食卓の工夫。どれもが、誰かの暮らしに触れることで生まれる“おいしい”の記憶です。

料理研究家のコウケンテツ氏
また、コウ氏からの「鼻をつまんで、グミを食べてみよう」という呼びかけでは、香りが味覚に与える影響を子どもたちが体験。「味がしない」「何の味か、わからない」と、子どもたちは楽しみながら言葉を探し、その声が会場に広がっていきました。それは、“おいしい”が舌だけではなく、香りや記憶、全身の感覚と結びついていることに気づく、貴重な瞬間でした。
最後に登場したのは、韓国の伝統菓子「ゴシボル」。もち米を発酵させて丸め、粉をまぶしたお菓子の語源には、「願いをこめて丸める」という想いが込められています。子どもたちは9種類の味のゴシボルをひとつずつ頬張りながら、自分の感じた“おいしい”を言葉で表現していました。
「違う文化の味を体験することは、違いを楽しむことなんだよ」
そのひと言に、会場にふわりとやさしい空気が流れました。授業の最後、コウ氏はこう締めくくります。
「自分の味覚を、ちゃんと自分の言葉で伝える。それは、自分自身を生きるということです」
ひと口の味を通じて、子どもたちは自分の感覚に耳をすませながら、世界の多様な文化と向き合うことの“おいしさ”を受け取っていました。


韓国の伝統菓子「ゴシボル」(左)を口にし、“おいしさ”に向き合う子どもたちの様子(右)。
“食べる”の向こう側を想像する、フードシステムと食と農業の未来
“食べること”の前にあるものを、どれだけ想像できますか?
『味覚の授業®』のプログラムの一つとして、クボタによる独自セッション「未来の食と農業」が実施されました。
子どもたちは「焼肉定食」の食材をひとつずつさかのぼり、どこで作られ、誰が育て、どうやって食卓に届いたのかと、その目には見えない一連の流れ=「フードシステム」をグループで考えました。すべての食事が、多くの人の手によってつながれていることを学ぶ時間です。

「焼肉定食」にはどんな食材が使われているか、グループワークで活発に意見を出し合う様子。
しかし、そのフードシステムはいま、さまざまな課題に直面しています。日本の農業人口は急激に減少し、従事者の約7割は65歳以上。その一方で、世界の人口は増え続け、食料需要は膨らんでいます。さらに、地球温暖化による高温障害や集中豪雨といった気候変動が作物の生育を脅かし、フードロスも依然として深刻なまま。こうした問題に、どう立ち向かっていくのかを説明しました。
クボタは、農業の未来を支えるためにテクノロジーの力=「アグリテック」を駆使することで解決しようと考えています。セッションでは、その具体例として、次の3つの取り組みが紹介されました。
- 農作業の無人化と自動化
- データを活用した農業
- 環境負荷の少ない農業
どれもが「つくる人」と「食べる人」を未来へとつなぐための技術です。
「未来の食は、誰かがつくるものではなく、みんなで支えていくもの」
そう語りかけるクボタのメッセージは、子どもたちのまなざしにまっすぐ届いていました。一人ひとりが“おいしい”の背景を想像すること。それ自体が、未来の農業を育てる「気づきの種」になるのかもしれません。
「おいしいって、なんだろう?」ひと口の体験が、世界をひらく
授業を終えた子どもたちは、そのまま万博会場内の「未来の都市」パビリオンへと足を運びました。狩猟社会から情報社会、そしてSociety 5.0(経済発展と社会課題解決が両立した社会)へと、進化してゆく人類の暮らしの変遷を、体感的に学べる展示空間です。
なかでも「クボタプレイス」では、食と農の未来をテーマに、ロボット技術や環境に配慮した農業のあり方を展示や映像を通じて紹介。子どもたちは、シミュレーションゲームを通じて農業経営に挑戦したり、クイズに答えたりしながら、楽しそうに未来のフードシステムの世界を想像していました。保護者からは「食べるって、誰かが作ってくれてるってことなんだよね」という声も聞かれました。

イベントの最後に訪れた「未来の都市」パビリオンにて記念撮影。
“おいしい”というひと口の体験の向こう側に、どれだけの人と物語が存在しているのか。自分の感じたことを、一生懸命に言葉にしようとする子どもたち。それが、「味わう力」であり、未来を生きるための、自分で考え、自分で表現する力でした。
「未来の種は、いまにある。」
一流の料理人たちから受け取った“気づき”の芽が、未来の社会を耕す力になることを願って、クボタはこれからも、「食べる」という日常の中に芽生える小さな気づきを、ともに育てていきます。
「どんなものを食べているかを言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言い当ててみせよう」
——フランスの美食家 ブリア・サヴァラン『美味礼讃』より