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負の遺産を価値ある資源に生まれ変わらせる1,300℃の高熱でPFASを高効率で分解。クボタの溶融分離技術が開く資源循環の未来
2026 . 06 . 16 / Tue
写真・文:クボタプレス編集部
フライパンのコーティングから半導体の製造まで、私たちの便利な生活を根底から支えてきた化学物質PFAS(有機フッ素化合物)。その「壊れにくい」という強みが、今や自然界で分解されない「永遠の化学物質」という脅威に転じ、有害性が確認されたPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)など一部のPFASに対して各国で規制の動きが広がっています。
過去の膨大な負の遺産をいかに安全に処理し、未来への責任を果たすのか──この地球規模の課題に、クボタの「溶融分離技術」が一つの解を示そうとしています。既存の溶融炉を使った最新の実証試験で、代表的な規制物質である3種類のPFASを99.999%以上という極めて高い分解効率で処理できることを確認し、さらにその分解物を高度に無機化できることが実証されたのです。PFASへの規制が強まる米国からのSOSに端を発する実証の舞台裏と、資源循環の未来に向けた技術者たちのビジョンに迫ります。
20世紀の化学の結晶が未来への重い負担に
熱や薬品に強く、水や油をはじくPFASは、ありとあらゆる産業や生活用品に浸透してきました。しかし、炭素とフッ素の強固な結合は、自然の力では断ち切れません。PFASを含む各種廃棄物、下水汚泥などの適正な処理方法の確立が求められています。

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PFASは前世紀の化学の結晶とも言える物質であり、私たちの生活を取り巻くさまざまな製品で使われ、便利な生活を支えてきましたが、1万種以上あるPFASのうち、人体への有害性が確認されたものについて世界中で規制が強化されています。
日本では2026年4月より、これまで努力目標とされてきた暫定基準値が水道法に基づく水質基準へと移行し、PFASの規制が一段と強化される流れにあります。さらに、国立環境研究所の倉持秀敏さんは、より厳しさを増す欧米諸国、とりわけ米国の動向を注視しています。
「米国はPFOSとPFOAについては飲料水に1リットル当たり4ナノグラムという厳しい規制値を設定し、対象物質も拡大しています。規制は飲料水にとどまらず、大気など他の媒体にも広がっており、州ごとに独自の基準設定が進んでいます。その一例が下水汚泥への規制であり、規制値を超えた場合は、農地への還元などの利用が禁止され、処分または処理する必要があります。」(倉持さん)

国立環境研究所 資源循環領域 副領域長の倉持秀敏さん。「国際条約でも新たなPFASが次々と規制対象に追加されています。規制対象のPFASはさまざまな用途に使われており、それらを含む多様な廃棄物や汚染物などを安全に処理するシステムの構築が不可欠です」と話します。
「1リットル当たり4ナノグラム」とは、東京ドームを水で満たした中に、わずか5グラム(小さじ1杯)の物質を溶かした濃度に相当します。これは「存在してはならない」という強い意志の表れだとクボタプレスは考えます。
PFASは下水処理の過程で完全に取り除くことができず、規制対象となるPFASは汚泥に濃縮される傾向にあります。米国では、こうした汚泥を肥料成分が含まれる資源として農地に還元してきましたが、土壌や地下水の汚染リスクから、一部の州で農地利用の禁止や厳しい濃度基準が設けられました。行き場を失ったPFAS含有廃棄物をどう処理するかが、今まさに米国で大きな課題となっています。
規制対象のPFASを適正に処理する技術の確立が急がれますが、海外動向を踏まえると、倉持さんは単に分解するだけでは十分ではないとの可能性を指摘します。米国環境保護庁のガイダンス※1でも示されるように、環境への影響を最小限にできる無機化合物まで十分に破壊することが求められる可能性があると考えるからです。
「究極的なゴールは、PFASをCO2とフッ化水素にまで完全に分解する『無機化』と考える国や研究者もいます」
しかし、既存の処理手法で無機化を達成するのは容易ではありません。例えば、一般的な焼却施設では規制対象のPFASの大半が分解されるものの、無機化に必要な温度には届かないことが指摘されています。
ここで期待されるのが、クボタの溶融分離技術です。家庭やさまざまな産業から発生するゴミの焼却灰や下水汚泥の資源化を目的として開発されたこの設備は、廃棄物を1,300℃の高温でドロドロに溶かして分離します。この独自のプロセスによりPFASの無害化を実現する技術として、熱い視線が注がれているのです。

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クボタの溶融分離技術では、廃棄物内に含まれるPFASの炭素とフッ素結合を高温で分解できることが見込まれます。また、溶融物を冷却してできたスラグからはメタル(貴金属)や農業用肥料の原料となるリンが資源として回収でき、廃棄物に含まれる重金属は、炉内の高温で揮散して排ガスに移行し、濃縮した飛灰として回収できます。この飛灰も含めて、廃棄物の状態では利用が難しかった資源を循環させることができます。
- ※1米国環境保護庁「PFAS Treatment and Destruction Technologies Research」
米国からのSOS。50年磨き上げた溶融分離技術に出番
クボタがこの難題に挑んだ発端は、海外からの切実なSOSでした。2022年夏、米国のグループ会社であるKUBOTA Water and Environment U.S.A(KWU)から、「米国内で下水汚泥に含まれるPFASが問題になっている。クボタの溶融炉で分解できないか」と相談が舞い込みます。PFASを含む汚泥を他州へ運んで処理する動きへの制限も懸念され、発生した地域内で完結できる確実な処理技術が求められていました。
相談を受けたクボタ 水環境総合研究所の平戸康雅さんには確信がありました。一般的な焼却炉の温度は850〜1,100℃程度ですが、クボタの溶融炉は通常運転で1,300℃を維持します。分解困難な規制対象のPFASを分解するには1,000℃以上が必要とされ、1,100℃以上の温度が推奨されています。それなら、溶融炉を使うことで、特別な新技術なしでも分解できると考えたのです。

クボタ 水環境総合研究所 水環境研究開発第一部の平戸康雅さん。「海外からの切実な要請に対して、クボタが長年磨き上げてきた溶融技術がPFASという新たな社会課題の解決に役立つと確信し、技術者として大きなやりがいを感じました」と当時の心境を語ります。
その背景には、クボタが1970年代後半から50年以上にわたり磨き上げてきた技術の蓄積があります。廃棄物の減容化※2を目的に導入された回転式表面溶融炉は、1990年代のダイオキシン問題、2000年代の香川県豊島における91万トンもの不法投棄された産業廃棄物の処理など、我が国の環境問題の困難な局面で真価を発揮してきました。
また、東日本大震災後には、福島県で放射性セシウムに汚染された除染廃棄物の減容化処理でも、その技術力を発揮してきました。この国家的プロジェクトで事前のラボ実験や理論的解析を共に進めた倉持さんは、当時の困難を乗り越えた経験と信頼関係が溶融炉によるPFAS無機化の研究につながったと話します。
「放射性セシウムの分離・濃縮で共に苦労し、大きな成果を挙げた経験があったからこそ、対象がPFASに変わっても同じ手法が使えると互いに理解し、迅速に研究をスタートできたのです」

クボタ 新淀川事業所(大阪府)の溶融炉。実験用のため廃棄物処理量は5トン/1日と小型ですが、焼却灰や下水汚泥などの処理が行えます。この炉で規制対象のPFASを高効率で分解し、無機化する実証実験が行われました。
- ※2焼却、圧縮、破砕、微生物分解などの技術を用いて、ゴミや産業廃棄物、汚泥、汚染土壌などの体積(容積)を減らす処理のこと。
幾多の壁を越え、国際指標を凌駕するPFAS分解効率を実証
理論上の勝算はあっても、それを社会実装するためには、実機スケールの溶融炉でPFASを無害化できるという科学的な証拠を示さなければなりません。
PFASとは1万種類以上ある有機フッ素化合物の総称です。溶融炉の処理能力を社会に証明するためには、国際的にも真っ先に厳しい規制が敷かれた代表格のPFOSやPFOAを分解して無機化できることを示す必要がありました。

溶融炉施設を下から見上げたところ。溶融は上部の主燃焼室で行われ、高温により廃棄物中の有害物が分解された後、ドロドロに溶けて分解された残りが液体となって施設下部に落ち、スラグとして回収されます。
ここで平戸さんたちは壁に突き当たります。すでに製造や輸入が禁止されているPFOSやPFOAは、実験用の試料として入手することが極めて困難でした。そこで、試験を「予備試験」と「本試験」の2段階で進めるアプローチをとります。まずPFOAと構造が近く、試薬として入手可能だった「PFNA(ペルフルオロノナン酸)」を用いた予備試験を2024年に実施。それと並行して、廃棄予定のPFOS含有泡消火剤を取り扱う消火装置メーカーに協力を仰ぎ、本試験用の試料を確保しました。本試験は2025年8月に実施しました。

規制物質(PFOS/PFOA)と、予備試験の代替物質に選定したPFNAの分子構造。PFNAとPFOAは構造が極めて類似しており、炭素の数が一つ違うだけです。炭素の数が分解特性に与える影響は小さいという報告もあり、「PFNAが分解できれば本命物質も分解可能」という技術的判断に至りました。
微量のPFASを高温の炉内で正確に追跡するためには、スラグ、飛灰、排ガス、冷却水といった全ての生成物について物質の収支(マスバランス)を証明しなければなりません。サンプリング精度を高めるため、実証実験に用いた新淀川事業所(大阪府)の溶融炉内部に分析用の器具を新たに取り付けるなど、細かな改修を行いました。
また、平戸さんの発案で炉内にカメラを設置します。廃棄物を一度に投入しすぎると、不完全燃焼を起こして炉内の温度が低下するため、溶融状態をリアルタイムに可視化して投入量を緻密にコントロールし、確実な燃焼と溶融を維持できるようにしたのです。

中央制御室に置かれた溶融炉の監視・制御システム。右側のモニタに映っているのが、平戸さんの発案で取り付けたカメラによる炉内の映像です。サーモグラフィのように炉内の温度が映像でわかるため、どこで不完全燃焼が起きているのかをリアルタイムに把握し、廃棄物の投入を細かく制御できます。
分析についても万全を期しました。日本の環境省が定める方法に加えて、米国環境保護庁の最新のガスサンプリング法「OTM-45」「OTM-50」も並行して実施したのです。これは数十種類ものPFAS類を網羅的に測定してPFASの分解挙動を詳細に把握するための分析方法です。
2025年8月に行われた本試験で確認されたPFASの分解率は、PFOSが99.9992%、PFOA 99.9994%、PFNAが99.9994%超と、3物質のすべてで国際的な目安である99.999%を上回り、溶融分離技術によるPFASの分解能力が実証されました。また、スラグ・飛灰・排ガスのいずれにおいても、PFASの濃度は環境省が示す目安を下回っており、環境への影響が適切に抑えられていることが確認されました。
「私たちの溶融分離技術であれば確実に分解できるはずだという自信はありました。それでも、実際に分析結果を見ながら分解効率を計算し、99.999%を超える数値を見た瞬間、『やはりできるんだな』という確かな手応えとともに、大きな喜びを感じました」(平戸さん)


溶融炉の煙突(左)とスラグ排出口(右)。溶融炉の高温によりPFASを含む廃棄物は元素分解され、ガスと溶融物に分離。
ガスはバグフィルタを用いてろ過され、ガス中に含まれる重金属などは飛灰として回収されます。
その後、清浄になった空気が煙突から排出されます。一方、スラグ排出口から下の冷却水槽に落ちた溶融物は冷やされて砂状のスラグとなります。
倉持さんは、この結果が持つ意義を力説します。
「特筆すべきは、米国の厳しい分析法においても、懸念していた強力な温室効果ガスであるC2F6の濃度が検出下限未満だったことです。これはPFASが中途半端に分解されたのではなく、究極の目標である無機化まで十分に近づいたことを示唆しています」(倉持さん)
そして2026年3月、本試験の結果は環境省主催の会議で報告され、溶融分離技術での高いPFAS分解能力が確認されました。

溶融炉から回収されたスラグ(写真上)とメタル(同左)、飛灰(同右)
負の遺産を資源に変える。クボタが描く資源循環の未来図
資源循環に向けた取り組みを加速させるために、クボタは近年、社内外から多様な知見を持つ人材を資源循環事業へ積極的に迎え入れています。平戸さんもその体制拡充の中で抜擢された一人です。「溶融炉の可能性を信じ、開発を加速させるという方針の下、ここ数年でさまざまなバックグラウンドを持つ技術者が集結しています」と平戸さんは話します。
強固な組織体制を築き上げたクボタが見据える先は、単なる有害物質の除去にとどまりません。国内外における「ディープリサイクル」の実現です。

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クボタがめざすディープリサイクルを実現する資源循環システム。溶融分離技術によって、廃棄物に含まれる金属類を分離・凝縮することで精錬メーカーに売却する価値が生まれます。下水汚泥からは農業肥料の原料となるリンを高効率で回収可能です。また、今回の実証試験では、廃棄物に含まれるPFASのような熱安定性の高い有害有機物質を高温で分解できることが確認されました。このように、溶融分離技術は、ディープリサイクルを支えるための“コア技術”です。
すでに国内では、将来的に各地域の廃棄物を集約して処理し、最終処分ゼロをめざす専用拠点「サーキュラーエコノミー推進拠点」を新たに設ける構想も動き出しています。
また、PFAS問題が象徴するように、環境問題に国境はありません。今後、米国をはじめ各国で規制強化の動きが広がり、世界的に解決策が求められることでしょう。
グローバルに事業を展開するクボタの強みが、まさにこうした局面で発揮されます。米国のグループ会社(KWU)を通じてPFASに関する現地の情報が早期に共有されたように、今後は日本で実証した溶融分離技術や溶融プラント設計のノウハウが、グループ会社を起点として米国をはじめ、世界に認知拡大していくことが期待されます。

「新たな施設を作るのではなく、既存の溶融炉の通常運転でPFASを高効率で分解できたことが最大の成果です」と平戸さん。全国で稼働するクボタの溶融炉が、そのまま社会の負の遺産を浄化する最前線基地となる日に向けて、溶融炉では国内初となるPFAS無害化処理実用化に向けて、準備が着々と進められています。
「私たちが享受してきた便利さの代償を、未来の世代へ残してはなりません。半世紀にわたり技術と人を大切に育て、時代が求める役割へと進化させてきたクボタだからこそ、PFASという難題にも立ち向かうことができます。私たちの溶融分離技術で負の遺産を価値ある資源に変えながら、資源循環の輪を築いていきます」(平戸さん)


