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KUBOTA AGRI FRONT シリーズ第5回技術で解く、地球からの宿題 TECH LABに集う仲間たちのチャレンジ(前編)

2025 . 05 . 14 / Wed

farmoの永井 洋志さん(左)とレグミンの成勢卓裕さん(右)

写真・文:クボタプレス編集部

北海道日本ハムファイターズの本拠地「北海道ボールパークFビレッジ」の一角に、“食と農業”の未来を志向する仲間づくりの場、「KUBOTA AGRI FRONT(クボタ アグリ フロント)」があります。子供から大人まで楽しめる農業学習施設として、オープン以来多くの来場者でにぎわっていますが、その中でも最先端の農業技術(=アグリテック)を用いた作物栽培の現場を体感でき、施設の体験の中心のひとつとなっているのが、屋内栽培エリア「TECH LAB(テックラボ)」です。施設内ではアスパラガスやイチゴ、トマトやリーフレタス等、さまざまな作物を栽培しています。

地球からの宿題を解決するカギ「アグリテック」

高齢化や後継者不足、気候変動、そして増え続ける食料需要など、“食と農業”を取り巻く課題は数多く存在します。このように複雑に絡み合った問題はまさに“地球からの宿題”とも言えます。

TECH LABには、多様なバックグラウンドを持つ技術者たちが集い、それぞれの視点から開発したアグリテックを活用して“地球からの宿題”に向き合っています。この“宿題”に挑戦する仲間たちは、どのような熱意やビジョンを持って取り組んでいるのでしょうか。今回は二部構成(前後編)で、仲間たちがTECH LABに持ち寄ったプロダクトやソリューションを提供するに至った背景にもふれながら、その想いに迫っていきます。

アスパラガスエリアで活躍する技術とそれを実現した仲間

2025年 春——。

冬の終わりを喜ぶようにアスパラガスが次々と芽吹く中、その栽培を支えるのは、ハウス内の環境をモニタリングする、『ハウスファーモ』と農薬散布を行う『自律走行型農薬散布ロボット』という、二つのアグリテックです。

『ハウスファーモ』を開発したのは、IoT技術を活用し農業課題に取り組むベンチャー企業の代表、株式会社farmoの永井洋志さんです。

ハウス内で必要なデータを環境センサーで測定する様子

ハウス内の環境をモニタリングする『ハウスファーモ』。ハウス内の気温や湿度、炭酸ガス濃度などハウス管理に必要なデータを環境センサーが計測。データはクラウド上に保存され、スマートフォンで確認ができます。

スマートフォンでアスパラガスの成長点の温度や地中の温度を確認する様子

環境センサーから送られてきたデータは、専用アプリで確認ができます。視認性が高いシンプルなインターフェイスで、直感的な操作が可能。ハウス内の環境変化をグラフで見ることもでき、きめ細やかな栽培管理が行えます。

もうひとつの『自律走行型農薬散布ロボット』は、アスパラガスのうね間を自動で走行し、防除作業を行う農業用ロボットです。開発者したのは、ロボットと人が協業して効率的な作業を行うことで、生産性の向上と人手不足といった課題解決に挑戦する株式会社レグミンの成勢卓裕さんです。

農薬散布ロボットがアスパラガスの防除を自動で行う様子

アスパラガスの防除を自動で行う自律走行型の農薬散布ロボット。バッテリーとモーターで駆動するため静音性が高いのが特徴です。水平LiDARを使用し、周囲の高うねの形状を認識することで自律走行をしています。ロボットが所定の位置に到着すると、自動的に農薬散布を開始するようプログラムされています。

収穫時期を迎えたグリーンアスパラガス

収穫時期を迎えたグリーンアスパラガス。スマート農業技術を活用することで、栽培にかかる労働時間を大幅に削減しています。

実は永井さんと成勢さんは、ともに異業種から農業の世界へ参入した背景を持っています。お二人がどのような道を歩み “食と農業”の未来を志向する仲間づくりの場であるTECH LABへ参加するに至ったのか、それぞれのターニングポイントやきっかけについてお伺いしました。

なぜ、農業だったのか。食の課題、アグリテックの原点

「最初から農業で事業を展開しようと思っていたわけではないんです」。

当初、Webアプリの開発に力を入れていた永井さん。新しいプロダクトを提案する過程で、2015年に市の職員からの紹介を通じて知り合った宇都宮市のイチゴ農家から「水温を測る技術を作ってほしい」という要望を受け、それに応えた経験が農業の世界に飛び込むきっかけになったそうです。

株式会社farmo代表取締役の永井 洋志さん

株式会社farmo代表取締役の永井 洋志(ながいひろし)さん。「子供の頃からモノづくりが好きで、大工になるのが夢だった」と語ります。大学の工学部で建築を学び、ガーデニング雑貨や犬小屋など木工製品を製造・販売する事業を立ち上げました。その後、Webサービスの運営やアプリ開発などにも事業領域を広げ、2016年から農業に特化したIoT製品の開発、販売をスタート。スマート農業技術を活用して農業が直面する課題解決に取り組んでいます。

「詳しい話を聞くと、地下水の冷熱エネルギーを活用した夏イチゴ栽培の実証実験に取り組む新規就農の方でした。地下水が冷たいかどうかわからないから、水温を測れる機械をつくって欲しい。いろいろな会社にお願いしたけど、高額で困っている。安価でつくってくれないか』と言われました。金額よりも新規就農で頑張る農家さんが自分を頼ってくれたことが嬉しかった」と永井さんは照れ笑いしながら語ります。

「当時はまだ『IoT』という言葉も一般に浸透していなかった時代です。電子回路などの基盤を手づくりして、センサーを取り付けてデータを取得、ポケットWi-Fiを使うことで、原理的には水温のデータを送信できるはずだと思いましたが、実際には失敗の連続でした。」

試行錯誤の末、水温データの取得が可能となったプロダクトを無事に納品するも、その翌日イチゴ農家から電話がかかってきます。「ダメか」と永井さんは肩を落としかけましたが、電話口で言われたのは意外な一言でした。

—永井君、これ家にいてもハウス内の水温が見られるんだけど!—

「私たちアプリ開発者からすると当然のことでした。クラウドに水温データをアップロードしているため、どこにいようとも水温を確認できますが、これまでハウス内に行かないと温度がわからなかった農家さんからすると驚きだったようです。これをきっかけとして、農業分野でのIoT事業へ進むことになりました。」

また、水温だけでなく気温や土中の温度も表示できる製品にしたことが功を奏しました。「ハウスファーモを取り付けたら収量が130%向上した」と農家から評価を得ても「なんで?」と永井さん自身は首を傾けていましたが、結論として、ハウスファーモの導入により農家が求める“作物に最適な環境”が実現できるようになったことで、病害虫が付きにくく美味しいものが作れるようになったというのが理由でした。

「大事なのは、プロダクト重視の考え方ではなく、そのプロダクトが役に立つかどうか。農家さんが求めているものを素直に提供すること。そのためには、耳を澄ませて農家さんの声を聞くことです。先に自分の中で答えを作ってしまうと、その声は聞こえなくなります。その上で、それまで自分が考えていた答えを捨てることも重要です。」

一方、アスパラガスの自律走行型ロボットによる自動防除でTECH LABに参画する成勢さんが、農業に関わることになったきっかけは、会社員時代に出張先で見たオランダの景色にあります。

株式会社レグミン代表取締役の成勢卓裕さん

株式会社レグミンの代表取締役、成勢卓裕(なるせたかひろ)さん。大学で機械工学を専攻した後、IT企業で製造業向けのコンサルティング事業に従事。2018年に大学時代の知人と共にレグミンを設立しました。同社は農業用ロボットの研究開発を行うだけでなく、自社開発した農薬散布ロボットを活用した農薬散布の請負サービスも提供。ロボット技術を通じ、農業の生産性向上や人手不足の解消に向けた挑戦を続けています。

「大学を卒業後、ITコンサルティング企業に入社。ドイツへの出張時に、トランジットで偶然オランダを経由することになり、ずらりと並ぶガラスの建物がある光景を目にし、これはなんだと興味を持ちました。」

成勢さんが目にしたのは、農業大国オランダが国を挙げて取り組んでいる、最先端テクノロジーを駆使した施設栽培のハウスでした。

「オランダの国土面積は九州より少し大きい程度であるにもかかわらず、農業輸出額がアメリカに次いで世界2位と知りました。その当時から、日本の農業は人手不足や高齢化問題が深刻だと耳にしていたので、自分たちもやれることがあるのではと考えるようになったのが、農業に興味を持ったきっかけです。」

成勢さんはその後、学生時代の友人と共に会社を設立し、静岡県三島市でロボットをつくりながら、自分たちでも小松菜の生産を手掛ける事業に着手します。

「テクノロジードリブン的な考え方ではなく、あくまで農業が抱える課題に焦点を当てて、プロダクトを考案していきました。人手不足の問題、日本と海外での畑の大きさの違いなど課題は多いです。ただ、世の中に溢れている技術をうまく組み合わせれば、対策はあるのではと感じました。」

とはいえ、農業初心者のスタートアップ1社でロボット開発と、野菜の栽培を両輪でやるのは困難だったといいます。転機が訪れたのは、知人を介して出会った埼玉県深谷市の職員から「深谷に来てもらえないか」と声を掛けられたことです。

農業が盛んな深谷市では、街のブランディングの一環として「産業ブランド推進室」が立ち上がり、顕在化していた農業の課題解決に向けて、自治体をあげてアグリテック企業を誘致していました。2020年、そのプロジェクトへ参入した成勢さんですが、新たな挑戦に対して特に不安はなかったといいます。

「農家さんの人手不足という課題の解決に対して、私たちは周囲から期待されているなと感じています。自分たちの技術が役に立つのであれば、失敗・成功よりもチャレンジすることに意味があると考えてました。」

ただ、一方で農業は想像以上に難しい面があったと語ります。

「ロボットの世界はお金をかければ、大体のものができます。ただし、それでは農業の場合、採算性が合いません。重要なのは、いかにコストを抑えながら、高価なものと同じ仕組みをつくるのかであり、一番難しいところです。実はそうしたところに創意工夫が潜んでいます。」

農薬散布ロボットがネギの防除を自動で行う様子

自社の畑で農薬散布ロボットの走行テストを行う成勢さん。ブラッシュアップを繰り返し、より使いやすい農薬散布ロボットに仕上げていきます。

成勢さんに農家との関係性についてお伺いすると、三島市で小松菜の生産をしていた頃の失敗経験が活きているといいます。

「農業を始めた当初、私たちは正直、失敗だらけでした。でも、その失敗談を自分たちから開示していくと、農家の皆さんがどんどん話してくれるようになったんです。私たちが、農業ロボットの開発だけしかチャレンジしていなかったら、心を開いてくれなかったかもしれません。」

農家との対話の中で、成勢さんたちは大きな気づきを得ることになります。

「私たちがロボットを作って『ラクになりましたか』と農家さんに問いかけると、『これ、静かだね』と言われたことが印象的でした。農家さんは『ラク』の前に、普段から使用している製品に対する不満が解消されているかどうかの方が大事だということを発見しました。作る側と使う側とでは視点が違うなと。」

成勢さんに改めて農業についての感想を聞いてみると、「太陽の光を浴びながら、外で土いじりをして、作物を育てて収穫して、命を感じることができる。すごく健康的な仕事だなって思います。一方、農業には重労働や反復作業も存在するため、こうしたハードルの高さをいかに技術で解決していくのかが、私たちの課題です。」

「重要なのは、世の中の課題が何なのかというポイントから使える技術を考えてみること。また逆に、今ある技術が他の分野に使えないかと考えることも重要です。そうした考え方を行ったり来たりするクセを付けると、すごく面白くなるのではないでしょうか。」

地球からの宿題を解く、その答えはひとつではない

最後にお二人が思い描く“食と農業”の未来について、お伺いしました。

「農業は文化だと思います。その魅力を高めていくことで、日本の農業自体が世界に通用するコンテンツになります。文化を広げることで、みんなで地球を良くしていこうという風土が形成される。これが地球からの宿題に対する、解のひとつになり得るのではないでしょうか。前例のない課題が山積する中、知恵と勇気を持った人に参加してもらえると面白いなと思います」と語る永井さんは、未来を担う新たな仲間の参画を期待しています。

若い社員たちと楽しそうにものづくりを行う永井さん

ものづくりをするうえで「世の中にとって役立つものとは何か」を常に問い続けているという永井さん。「私たちが良いだろうと思ったものでも、それが求められていなければ、開発中でも潔く捨てる勇気が必要です。生産者に『ちょうどいいもの』を提供するために生産者の声に耳を傾けつつ、自分たちができることを挑戦していきたい」と語ります。

成勢さんは「日本の農業は、作物や品種に多様性があり、産地ごとにおいしさも違うといった魅力があります。魅力の部分を維持しつつ、技術を使うことで効率的に農作物を作ることができれば、日本の食文化として良い方向へ向かっていくと思います。私にとって“食と農業の未来”とは、日本の文化をどう残していくのかというシンプルかつ重要な問題に向き合うことです。」

農薬散布ロボットがネギの防除を自動で行う様子を確認する成勢さん

レグミンが本拠地を構える埼玉県深谷市は、農業版「シリコンバレー」をめざしています。2020年に同社は深谷市が主催するアグリテックビジネスコンテスト「DEEP VALLEY Agritech Award(ディープバレーアグリテックアワード)」において、「自律走行型農薬散布ロボット」が現場導入部門 最優秀賞を受賞しました。

奇しくも文化というキーワードで未来を見るお二人。TECH LABに集う仲間たちは、それぞれ誰もが“好奇心”や“興味”という原点を持ち寄りながら、農業という「地球からの宿題」に対して、自分たちで役に立てることはないかと挑み続けています。

(後編へつづく)

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