開発者に求められる、「あきらめない」力

2019 . 08 . 29 / Thu

PEOPLE

「パワーアシストスーツWIN-1」開発者に聞く 開発者に求められる、「あきらめない」力

文・写真:クボタプレス編集部

重い荷物の上げ下げなど、労働負荷の高い農作業。高齢化が進む日本の農業において、重労働の軽減は、早急に解決が求められる大きな課題のひとつです。そこで、日本の農業と共に歩み続けてきたクボタが発売したのが『クボタウインチ型パワーアシストスーツ WIN-1』(以下、パワーアシストスーツ WIN-1)です。『パワーアシストスーツ WIN-1』は肩や腰への負担が無く、約20kgの荷物を楽に持ち上げ、降ろすことができる人体装着型の作業を補助する装置。この開発者である機械先端技術研究所 坂野 倫祥(さかの ともよし)さんに、開発の経緯や特徴、今後の展望など、さまざまなお話を伺いました。

ロボット好きの学生が、パワーアシストスーツを開発するまで

工作やモノづくり好きが高じて、大学でもロボットを研究していた坂野さん。いつかはロボット開発をとクボタに入社したものの、パワーアシストスーツの開発に至るまでの道のりは長かったそうです。しかし一見“寄り道”に見えた道も、クボタで初めての試みやエンジン開発ならではの面白さなど、振り返ってみれば「今」に活きる様々な発見があったようです。

――坂野さんは、学生時代からもともと機械やロボットに興味があったのでしょうか。

「小学生の頃から工作は好きでしたね。デザインや美術にも興味があったのですが、進路について考えたときに、機械系の方が現実的だろうと、大学では機械工学科を専攻しました。形状記憶合金の権威の先生がいるメカトロニクス研究所で、形状記憶合金が持つ「軽いのに元に戻る力が強い」性質と筋電位を組み合わせた義手の研究していました。もうひとつのテーマは鋳造職人の作業をロボット化するためのソフトウェアの研究で、今でいうAIのようなものですね。こちらはどちらかというとソフト寄り。ハードとソフト、両方の研究をやってみた結果、私自身はどちらかというとハードの研究を続けたいなと考えていました」

――就職活動でもロボット研究を続けられる企業を中心に?

「もちろんロボットをやりたいというのが一番でした。その中で思いついたのが、当時からロボットの研究がされていた建設機械(以下、建機)であればロボットに近い開発ができるのではと、建機を取り扱う企業を中心に就職活動をしていましたね。当時、業界内では2,3番手だったクボタでしたが、だからこそ攻めたことができるかもという狙いからクボタへ。ただきっかけは建機でしたが、実際には田植機の技術部に配属が決まりました」

機械先端技術研究所 坂野 倫祥(さかの ともよし)さん

――田植機の技術部ではどのような業務に携わられていたのでしょうか。

「田植機の中でも、当時クボタ初のミッドマウント施肥機、薬剤散布機などの開発を担当していました。クボタでも初めての試みということで、さまざまなアイデアを試行錯誤することができ、非常に充実していました。ただ、目の前の仕事を楽しみながらも、面談など将来の希望を伝える場面では、「ロボット開発がしたい」と言い続けていました」

――その後はエンジン開発の部署に異動されたと伺いました。

「じつはエンジンは機械の中で苦手な分野でした(笑)。私自身は、内燃機関のような化学反応を効率よく起こすための工学ではなく、手の動きをいかに機械(義手)で実現するかといった研究を専攻していたからです。また、エンジンは製品として確立されてからの歴史も長く、とても洗練された機械なので、新たに技術を開発する余地が少ないように感じていたのです。しかしエンジン技術部に行ってみたらそれは私の思い込みでした。年々厳しくなる排ガス規制にどう対応するか、細かなチューニングを通して限界をつきつめる点に面白さを感じました」

複雑な対策を重ねた結果、シンプルな形にたどり着くことがある

クボタでは農作業の補助装置の第一弾として、棚下作業用アシストスーツ「ラクベスト(ARM-1D)」を開発し、2013年に農業用アシストスーツとして発売しました。坂野さんはそのラクベストの企画の段階で、社内公募のロボット研究会のメンバーとして開発に参加。メンバーの熱量はとても高く、上司の理解にも恵まれた坂野さんは、いよいよ目標だった「ロボット開発者」として一歩を踏み出しました。

――いよいよ2013年にパワーアシストスーツの開発部署に異動されたのですね。

「何年越しかの夢がようやく叶いました。言い続けてみるものです(笑)。エンジン技術部にいるころ、ロボット研究会に参加していたのですが、ちょうど同じ頃に、社内でアシストスーツをやろうという話が持ち上がり、パワーアシストスーツ WIN-1の前身、「ラクベスト」の企画がスタート。ロボット研究会としてブドウ農家さんに同行したりして、一緒に企画を練っていました。その後、2013年に異動してパワーアシストスーツ WIN-1の開発に着手。ラクベストでの経験やノウハウが今回の開発にも活かされています」

――やっとロボット開発に携われることになった時の心境はいかがでしたか。

「エンジンの開発も面白かったですし、すでに10年以上のキャリアを積んでいて迷いはありました。それにアシストスーツはクボタにノウハウがあるわけではないので、ゼロからのチャレンジ。ただ迷えば迷うほど、この“ノウハウがない”という不安要素が逆に魅力的に見えてきたんです。昔から持っていた誰もやっていないことがやりたいという気持ちで、アシストスーツの開発に取り組み始めました」

野菜や果物の収穫作業によくある、収穫物を入れた重量のあるコンテナを運ぶ作業は、農家の方にとって大きな負担でした。

――ラクベストもそうですが、なぜあえて人体装着型に挑戦されたのでしょうか。

「もちろん人が一切関わらず、機械ですべてを行えるのが省人化に一番いいと思っています。しかしそれは現段階では実現が難しく、可能になるのはまだ先の話。今、農家さんにとってボトルネックになっている、腕を上げた状態での不定形作業を機械でやろうとするとかなり大がかりになりますし、少し違う作業になるだけで対応ができません。また、話を聞いていく中で、腰や肩が痛くて農業をやめたという農家さんも少なくありませんでした。そこでまず解決すべき課題を「農業の不定形作業の軽労化」に定めました。それをなるべく安価で形にするには、アシストスーツ、つまり人体装着型の装置が最適だろうという結論に至ったんです。ただ人の動きに対して違和感のない自然なアシストやメカニズム、軽量化など、人体装着型ならではの苦労も多かったです」

パワーアシストスーツWIN-1の大きな可能性

2017年に試験販売を、2018年に本格販売を開始したクボタのパワーアシストスーツWIN-1。一言で「販売開始」といっても、知見の無いなかで始まったパワーアシストスーツの開発は、苦労の連続だったと坂野さんは語ります。クリアしても、クリアしても、次々に課題が立ちはだかる中、なんとか販売までこぎつけたそうです。販売開始から約1年が経った今、坂野さんが感じている手応えは。また市場の反応は。今後の展望も交えて伺いました。

パワーアシストスーツ試作機の第1号、この時はまだ30kgほどの重量。実用化に向けてまだ課題が多くありました。

――人の動きに合わせる人体装着型の機械というのは、クボタがこれまで開発してきた機械とはまた違ったフィールドだと思いますが、どのように知識を得られたのでしょうか。

「担当者全員にそういった知見が無かったため、本当の意味での手探り状態。一からやってみて初めて分かることばかりでした。じつはパワーアシストスーツは、最初はウインチだけで腰に対するアシストは無かったんです。ただこれだとウインチに体が引っ張られてしまうことがテストでわかり、太ももをベルトで固定し腰の動きもサポートする形に変えました。人の体とは面白いもので、ロボットをつけるとそれにすべて動きを頼ってしまい、今までできていた普段の動きができなくなるのです。このように私たちが体の仕組みを知らないがための課題が頻発。ここは機械でやりましょう、ここは人間の動きでやりましょうという折り合いをつけるのがとにかく大変で、自分たちで実際に使いながら、一つひとつ調整していく日々でした」


実際に、パワーアシストスーツを活用して収穫作業をされているじゃがいも農家の小山さんを訪ねました。多い時で収穫量は年間約30t以上。掘り出したジャガイモは虫がつかないように、その日のうちに回収しなければならず、収穫は時間との勝負とのこと。積み荷の上げ下ろしは非常に負担がかかる作業でしたが、パワーアシストスーツを使い始めてから、負担も減り作業も早くなったそうです。

モノづくりに大切なのは「あきらめない」精神

「新しいことに挑戦して、農家さんの役に立ちたい」という願いを、パワーアシストスーツの開発を通して実現した坂野さん。先日同じく人体装着型の農作業アシスト装置の研究に取り組んでいる農工高校から問い合わせがあり、2019年5月に山口県で出張講義を行いました。「興味を持ってもらえるか少し心配でしたが、みなさん興味深く聞いていただけたので安心しました」と坂野さんは嬉しそうに話します。坂野さんがそこで見たのは、「農業の未来は大丈夫」だと感じる、キラキラしたたくさんの瞳でした。

出張講義を行ったのは山口県立田布施農工高校、全国でも珍しい農業科と工業科が併設された専門高校です。今回は農作業用アシストスーツの研究開発をしている学生たちに、WIN-1の開発の経緯や課題への取り組み、また研究開発には切り離せない知的財産についての講義を行いました。

――先日、農工高校で出張講義を行われましたが、いかがでしたか。

「独自課題としてアシストスーツや知的財産の勉強をされている生徒さんも多くいて、その熱意にびっくり。自分が高校生だった頃よりも、みなさんの方がずっと目的意識を持っているように思います。私の高校時代は、モノづくりには興味があったものの「大学に入ってから何を作るか考えよう」というスタンスでした。出張講義に参加してくれた彼らは、高校生ながら、私が大学生だった頃の感覚で世の中を見ているようで、非常に頼もしさを感じました」

熱心に坂野さんに質問をする高校生たち、アドバイスをメモにとりながら真剣な様子でした。

――今回の出張講義では、普段なかなか接点のない学生の方々と直接お話された機会だったと思います。その経験をふまえ、今後の農業や産業を担う若い技術者にどのようなことを期待されていますか。

「農業も他の産業も、今まで以上に情報化や国際化の波が押し寄せ、変化を迫られるでしょう。しかしこの波は、適応能力が高い若い人にとっては大きなチャンス。それぞれの分野で情報や新技術をうまく使って新しい価値を生み出し、世界をリードして欲しいと思います」

――モノづくりのために「こういう経験をしておいてほしい」といったアドバイスはありますか。

「もちろん経験はいろいろ積んでおいた方がいいと思いますが、やはり一番大切なのは、やる気だと思います。研究・開発でもまた、あきらめないことが大切です」

――坂野さんご自身が研究開発で大切にされていること、またこだわりはありますか。

「他とは違う特徴や、ひとひねりある発想など、どこかで「お!」と思わせる、ちょっとした驚きや感動を与えられる製品を開発したいという思いは常に抱いています。よく寝る前に布団の中で思いついたアイデアをメモしておくのですが、次の日会社で見ると、たいていはたいした内容じゃない(笑)。ただ、たまにはいい内容があり、開発に反映することがあります。あとはブレーンストーミングを自分1人でやることでしょうか。もちろん他の人ともするのですが、誰かに最初のアイデアを「ダメ」と言われたからと終わるのではなく、「ではどうやったらできるのか」、「別の方法なら使えるかも」と1人で繰り返し考え続けます。やはりあきらめが悪いのでしょうね(笑)」

パワーアシストスーツ WIN-1を使って実際に荷物を運ぶ作業をしてみる学生と、使い方を教える坂野さん。力を使わずに軽々持ち上げることができたと学生さんは話していました。

――「あきらめない」というのは簡単に聞こえますが、実際はかなりの根性と気力が必要だと思います。そのモチベーションはどこにあるのでしょうか。

「やはり開発した製品を使われる方、「農家さんの役に立ちたい」というのが一番のモチベーションです。今まさに困っている人のために、農業の軽労化をいち早く実現したい。次にくるのが「自分ができたらすごいだろうな」という野心。他の人が考えてもダメだったことを、自分の手で成し遂げたいという情熱は常に持っています。クボタの「壁がある。だから、行く。」というコミュニケーションスローガンに誰よりも共感しているのは、きっと私ですよ(笑)」

――最後にパワーアシストスーツの今後の展開について教えてください。お客様からの要望や、それを受けたうえでの課題にはどのようなものがあるのでしょうか。

「一番多い要望は、段ボール箱やセメント袋など、標準コンテナ以外の荷物を持ちたいという要望です。あとは低価格化や軽量化もあり、これらも今後の継続課題です。当面はコンテナ以外の荷物が持てるように、各荷物に合ったハンドをオプション採用していく予定です。本体の改良については、市場の声をよく聞きながら、機能やコストとのバランスも考慮して、内容を検討しています」

――パワーアシストスーツ WIN-1は日本のみの販売なのでしょうか。

「今のところは日本のみの販売です。アシストスーツはまだ普及の初期段階ですから、使い方や軽労効果について一般的には認知されていません。そのため販売店やユーザーの方々に正しく理解していただくことや、人体装着型ならではのサイズ展開の課題など解決すべきことがあるため、しばらくは国内の販売に注力することになると思います。ただ、最近は海外でもアシストスーツが注目されてきているので,いつかはその壁にも上ってみたいですね」

――パワーアシストスーツは他社も取り組んでいる製品ですが、クボタ製「WIN-1」の特長はどこにあるのでしょうか。

「一番はウインチを最初からとり入れているため、上半身も楽にできるという点です。ただ他社も腰のアシストだけだとダメだと気づきはじめたようなので、さらに進化させなくてはと思っています。会社の目標としてはまだ言えませんが、個人的にはアシストスーツを家電なみの価格にできればと考えています。ただこれは台数が出ないことには実現が難しいので、どうすればできるのか、より多くの方にお使いいただけるようにこれからも努めたいと思います」

編集後記

周りからも「坂野さんがいなければ、パワーアシストスーツは実現していなかった」と言われるほど、アイデアマンの坂野さん。実際お会いしてみると、ずば抜けた発想力もさることながら、アイデアを形にするまでの地道な積み重ねを怠らない、真摯な姿勢の持ち主であることが分かります。「ロボット好きの少年が農業の未来を救う」、そのような物語がクボタを舞台に起きようとしていることを知り、思わずワクワクしてしまいました。日本のあらゆる農地でパワーアシストスーツが力を発揮するその日は、そう遠くないのかもしれません。

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