GLOBAL INDEX
December 2018

FEATURE
"People's Republic of Bangladesh"

03

市民に届く「命の管」
~クボタ・ダクタイル鉄管がもたらす恵み~

川を跨ぐ水管橋。2本の送水管は、橋の上に設置され、市内へと水を運ぶ

難工事が想定された都市土木
最適な工法提案への高い評価

チッタゴン上下水道公社
総裁
ファズルッラー氏

プロジェクトの入札方式は「技術審査」「価格審査」という2段階入札方式が採用された。先に行われる「技術審査」をクリアできた応札企業だけが「価格審査」に進むことができる。クボタ工建はⅠ期工事およびⅡ期工事ともに「技術審査」をクリアできた唯一の応札企業として「価格審査」に臨み、発注者との価格協議に合意し落札した。ではいかにして、「技術審査」をクリアできたのか。チッタゴンの上水整備工事は、人や車が行き交う場所で行われる都市土木であることに加え、掘削時に湧き出る水、軟弱な土質、輻輳する埋設物を有した「三重苦の現場」(前出・白井)だった。当初から、高度な技術力を必要とする難工事であることが想定された。クボタ工建は配管技術力の確かさ、特殊な水管橋工事や推進工法など、難工事をクリアすべく最適な工法を選択し提案、その高い技術力が評価されての落札だった。発注者であるチッタゴン上下水道公社(Chittagong Water Supply and Sewerage Authority= CWASA)の総裁・ファズルッラー氏(Managing Director ・A.K.M.Fazlullah)は、40年以上にわたってチッタゴンの上水道整備に取り組んできたが、早くからクボタの技術・製品に注目していたと言う。

「1980年代、チッタゴンで初めて河川から取水して水を供給するプロジェクトに関わったときのことです。必要とされる水道管のメーカーの一社として、日本のクボタの工場に視察に行きました。そこで、最新の技術で生み出された最高の品質を持つ水道管に出会ったのです。結果、クボタが落札しチッタゴンに初めてクボタの水道管を導入。クボタの製品に対する満足度は高いものがありました。今回の工事は大口径の水道管を用いて、河川や鉄道を跨ぐ難工事ですが、経験豊富なクボタ工建が提案してきた工法は高く評価できるものでした。金額面で渋る政府関係者もいたものの、私が全責任を取るからと政府サイドに働きかけ、クボタ工建の落札が決まったのです」

水管橋は古い橋の上に設置され、人の往来は横の新しい橋が利用されている

手探りで始まった大規模工事
数々の厳しい局面を乗り越えて

2011年8月、白井は所長(プロジェクトマネージャー)という立場でチッタゴンに赴任。その1年後の翌2012年8月に着工。総延長約68㎞(Ⅰ期工事)に及ぶ上水道管敷設工事が、いよいよスタートを切ったのである(※注4)。敷設するのは、クボタが生産する世界最長、管長9mのダクタイル鉄管が中心で、その数はⅠ期工事で4,863本。しかし、白井らは想定外の事態や予想以上の厳しい局面に行く手を阻まれることが少なくなかった。

「まず、工事開始以前に、埋設物の問題がありました。着工前から試験掘りとして埋設物の調査を進めていましたが、地中にはガス管や既設の水道管、通信管などが、英国統治以来無秩序に張り巡らされており、何が出てくるかわからない状態だったのです。それら埋設物が確認されれば、担当所轄に対応を求めるものの、そもそも掘削することを許可しない道路管理者もいるなど、容易に工事が進まない現場もありました。粘り強い交渉によって関係者に理解と納得を求めることが工事進捗の重要なポイントでした」(白井)

実際の敷設工事現場も難航を極めた。工事は15~30ヶ所以上で同時に進行、常時500人前後の作業員が工事に携わった。交通が激しい場所では片側走行によって大渋滞が発生、一部渋滞地域は夜間工事にシフトし、最終的には約8割が夜間シフトとなった。そうした中で、クボタ工建の技術陣は、入札時の技術提案を実直に現場に適用していった。ダクタイル鉄管の曲がり部分における接続後の離脱防止では、高度な配管技術を導入。河川を跨ぐ工事では、既設の道路橋脚を水中部分から補強して再利用し、全長約220mの管路を河上でつなぐ「水管橋」という特殊工法を採用した。地下水路や鉄道の横断部では地面を開削することができないため、地下をトンネル状に掘削しながら鞘管を推し進める「推進工法」を用いて、着実にダクタイル鉄管を敷設していったのである。また、日本では経験のない雨期の大雨による浸水被害、政情不安定によるハルタル(ゼネスト)など、バングラデシュ特有の工事阻害要因を克服しつつ工事は進められた。これらハード的課題をクリアしていく一方でソフト面の課題にも直面した。それは実際に施工に携わるバングラデシュ人の施工管理スキルの問題である。

※注4…Ⅰ期工事は(株)クボタ工建と丸紅(株)のジョイントベンチャー事業

水管橋の下を流れるハルダ川。この川と合流するカルナフリ川上流が、今回の上水道整備事業の取水場となっている
交通量の多さからⅡ期工事最大の難所とされるオキシジェン・ジャンクション
工事現場の横を、ひっきりなしに車両が往来する
地面を開削せずに工事ができる推進工法
現地スタッフとのコミュニケーションが工事を推進する原動力となる

バングラデシュ人エンジニアの育成
徹底した安全管理の実施、安全意識の啓発

(株)クボタ工建
カルナフリ上水プロジェクト
工事長
栗本 豊英

2013年1月、このプロジェクトに参加したのが、現在工事長(副所長)を務める栗本豊英だ。栗本は当初、一時的なサポートとしてチッタゴン入りしたが、白井の説得で全工期終了まで工事に関わることになった。工事全体はいくつかの工区に分けられ、栗本ら日本人技術者が手分けして各工区の工事指揮を執る。そして個々の工事現場はバングラデシュ人の監督者が施工管理を担当し、実際の作業員をマネジメントしていく体制だ。栗本が現場に入って急務の課題と感じたのが、バングラデシュ人監督者のスキル向上、人材育成だった。

「大学で土木を専攻した人材でも、施工管理のスキルやノウハウを持ち合わせていない状態でした。現地の施工管理能力を底上げしなければ工事は完成しない。そんな危機感を日本人スタッフは共有していたと思います。我々は、極めて基本的な施工管理法から指導を開始。大切なことは、私たちの考えを理解してもらうことであり、相手を理解することでした。伝え、理解し、納得してもらう。そうした地道な粘り強い対応により監督者を育成し、それによって労働力を提供する下請工事の施工会社も育てていく。その取り組みが、円滑な工事進捗を実現する重要な要素だったと思います」(栗本)

栗本をはじめとする日本人技術者のバングラデシュ人育成の取り組みは、バングラデシュ全体の施工管理能力や技術力向上の一助になるものであり、それを継承していくことによって、今後バングラデシュ国内のインフラ整備に寄与していくものだ。これら人材育成に加えて、力を注いだのが安全管理教育の徹底だった。建設工事の基本中の基本とも言える安全管理だが、そもそも現地では「安全に関する法律もなく、安全教育もない」(前出・白井)状態。保護服やヘルメット、安全靴の着用を義務付け、繰り返し指導を続けたことで、作業者の安全意識の定着につながった。さらに工事進捗の節目節目で「安全大会」と称する会議を実施するなど、徹底した安全意識喚起、啓発活動を推進したことで、I期工事施工期間中、無事故無災害で乗り切ったのである。

市民の生活を支える水。このワンシーンこそがクボタのモチベーションだ

総延長約100㎞の水道管の完工へ
チッタゴン270万人市民に届く命の水

こうしてⅠ期工事は2015年11月に完成。続いてⅡ期工事も受注、2016年11月に着工した(※注5)。Ⅱ期工事はⅠ期工事の施工段階から計画・検討されていたものであり、今後見込まれるチッタゴン市の人口増に対処できるよう、給水能力の一層の強化を目指すものだ。総延長約35㎞、敷設するダクタイル鉄管はⅠ期工事同様、クボタが生産したものだ。Ⅱ期工事落札は、Ⅰ期工事で積み重ねた経験や技術ノウハウを最大限に生かした施工計画が高く評価されたことによるものだ。クボタ工建の上水道施工技術のレベルの高さに加え、クボタが提供するダクタイル鉄管への信頼性は高く、技術審査で他社を圧倒しての落札だった。Ⅰ期工事同様の厳しい局面がありつつも、Ⅱ期工事は極めてスムーズに進んでおり、すでに全工期の90%(31.5㎞)が敷設完了している(2018年10月現在)。このⅡ期工事の終了によって、チッタゴンの水道普及率は市全体で85%まで伸長、チッタゴン市民の多くの家庭の蛇口から安全な水が出てくることになる。クボタ工建が敷設した総延長約100㎞の水道管は、文字通り「命の管」としてチッタゴンに豊穣な恵みをもたらすことになるだろう。Ⅱ期工事の完工予定は2019年10月。これでクボタ工建のミッションは終了することになる。プロジェクトに関わって10年、プロジェクトリーダーの白井がその時間を振り返って抱くのは、「いい工事をした」という率直な感慨だ。

「チッタゴンでも、あるいはどんな国・地域であっても、我々はやるべきことをやる。持てる力のすべてを使ってやりきることに変わりはありません。このプロジェクトでは、やりきった結果として、安全な水を供給でき、多くの人に喜びをもたらすことができます。シンプルに、いい仕事をした、そう思いますね」(白井)

今回のプロジェクトは、クボタグループが連携協力し、その総力を結集して取り組んだものだ。高品質の材料と確かな施工技術の両方を武器に、世界のすべての人に安心の水を供給するというミッション遂行に向けて、クボタグループは次の一歩を踏み出す――。

※注5…Ⅱ期工事は(株)クボタ工建とコーロン・グローバル・コーポレーション(韓国)のジョイントベンチャー事業

安全で安定した水の供給は、食料生産にも好影響を与える