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「クボタ・毎日地球未来賞」を通じ、クボタが応援する若い力 第7回気候変動から“地域の宝"を守り抜く。震災被災地の高校生が紡ぐ「桜色の未来」
2026 . 03 . 16 / Mon
写真・文:クボタプレス編集部
春の訪れを告げる桜に異変が起きています。本来ならば秋に色づき散るはずの葉が、夏の盛りに変色して落ちてしまう「早期落葉」が各地で発生しているのです。原因は、激しさを増す夏の「猛暑」。このままでは、私たちが愛する春の風景が失われてしまうかもしれません。
東日本大震災で発生した津波により、壊滅的な被害を受けた宮城県農業高等学校。同校の科学部が進める「桜プロジェクト」は、復興のシンボルとして桜の保護・植樹活動を続ける中で、この新たな脅威に直面しました。塩害と乾燥、高温という複合的な環境ストレスから故郷の桜を守るべく、部員たちが開発したのは植物のストレス耐性を高める「桜色活力剤」でした。
2025年度「第15回クボタ・毎日地球未来賞」大賞を受賞した桜プロジェクトの取り組みは、地域を超えて全国の桜、さらには世界の樹木や農業を救う可能性を秘めています。宮城県名取市の同校を訪ねました。
震災の津波に耐えた“奇跡の桜”から始まったプロジェクト
広大な敷地に最新の設備を備える宮城県農業高等学校は、日本最古の農業高校として知られます。140年の歴史と伝統を誇る同校ですが、2011年の東日本大震災では津波により校舎や実習施設が壊滅的な被害を受けました。すべてが破壊され、瓦礫の山となった校庭。その中で奇跡的に残った桜の木が、翌年に美しい花を咲かせました。

震災の翌年も元気に花を咲かせた校庭の桜。どんなに大変で苦しいときも、毎年美しい花を咲かせて人々を癒やし、勇気づけてくれる桜を、故郷の復興のシンボルとして未来に残そうと桜プロジェクトが始まりました。
その姿に勇気づけられた生徒と教職員は、この桜を地域の復興のシンボルとして未来に残そうと決意。2012年に桜プロジェクトが発足しました。以来、生徒たちは生き残った校庭の桜の芽を採取し、組織培養技術を用いて苗木を増殖。津波で多くの人命と樹木が失われた沿岸部に造成された「千年希望の丘※」などに植樹するほか、塩害に強く二酸化炭素の吸収能力に優れた新品種「玉夢桜(たまゆめざくら)」を開発するなど、14年にわたり地域の復興と桜の再生に心血を注いできました。これまでに植樹した桜は1,081本を数えます。

手弱桜と大島桜を人工交配させて生まれた玉夢桜。大島桜の5倍も塩害に強いという特性を持ち、現在は新宿御苑前の遊歩道など全国各地に植樹されています。
校舎の一角にある無菌室にはクリーンベンチが並び、ビーカーの中では小さな植物が静かに息づいています。生徒たちが大切に育てている桜の小苗です。桜プロジェクトで代々受け継がれてきたバトンは今、新たな世代の手に委ねられています。そんな生徒たちが直面したのは、先輩たちが打ち勝った塩害とは異なる新たな敵でした。

桜の枝の先端(茎頂)部分をメスで切り取って培地で育て、クローン苗を作ります。茎頂培養された苗はウイルスフリーのため状態が揃っており、実験を精密かつ再現性高く行うことができます。

実験室のビーカーの中で育つ桜の小苗。さまざまな条件下で沢山の小苗が栽培されています。どんな些細なことも実際に実験し、必ず自分たちの目で確かめます。
- ※津波被災地の沿岸部に、震災ガレキを活用して造成された丘。津波の減衰や避難場所としての役割を持つ。
猛暑という新たな敵。データが示す気候変動の進行
「私たちが千年希望の丘に植樹した桜が、なぜか夏を前にして葉を落としてしまうのです。最初は塩害かと思いましたが、症状が違いました」──科学部の部長を務める3年生の山本柚花(やまもと ゆずか)さんは、当時の違和感をそう振り返ります。塩害なら葉の縁が一様に茶色く枯れますが、目の前の桜は葉の先から黄色く変色していました。「これは高温障害だ」。1年生の頃から植樹に汗を流し、桜を取り巻く環境について深く学んできた山本さんの頭の中で、知識と現実が一致した瞬間でした。

千年希望の丘と植樹された桜。ここで育つ桜の異変に気づいたことから、故郷の宝を守る新たな戦いが始まりました(写真提供:宮城県岩沼市)。

桜の葉の塩害症状と新たに見つかった障害(高温障害)症状。同じ変色でも、原因と桜の内部で進行している病状は大きく異なります。
予測はデータによって裏付けられました。気象庁が公開している観測データを調べると、症状が出る7月の平均気温が短期間で急上昇していたのです。
「地元の7月の平均気温が4年間で4.8度も上昇しているというデータを見たときは、想像以上の変化に驚きました。地球温暖化は遠い世界の話ではなく、私たちの身の周りに確実に影響を及ぼしている。一刻も早く桜を守らなければならないと焦りを覚えました」
粘り強い研究が生んだ“希望の桜色"
その中で出会ったのが、東京大学の金鍾明(キム・ジョンミョン)特任准教授の研究でした。金特任准教授は、植物に低濃度の「酢酸」を与えることで乾燥耐性が向上することを教えてくれました。
桜はほかの植物と同様、光合成によって作られるブドウ糖をエネルギー源としています。通常、植物は乾燥などのストレスにさらされると、体内でブドウ糖から酢酸を作り、その酢酸がスイッチとなって気孔を閉じ、乾燥からの防御反応をとります。しかし、猛暑によって光合成能力が落ちている桜にとって、自ら酢酸を作り出すためのエネルギー消費は命取りとなり、枯死につながります。ならば、自分で作りだせない酢酸を外部から与えてやればよいのではないか。そうすれば、桜はエネルギーを消耗することなく防御スイッチを入れられるはず…。

東京大学 金鍾明特任准教授による技術指導を受ける宮城農業高等学校科学部の生徒たち。
生徒たちは、使い捨てカイロの中身「鉄粉(塩害対策)」に、この「酢酸(高温対策)」を組み合わせることを発案、実験を開始しました。
酢酸は濃度が高すぎると植物を枯らします。「実験室で苗が次々と枯れていくのを見て、何度も『もうダメか』と思いました」と山本さんは苦笑します。しかし、転機は突然訪れました。失敗したと思って放置していた実験区の桜が、なぜか元気に育っていたのです。調べてみると、その区の酢酸濃度は「100ppm」。絶妙なバランスでした。
「枯れていると思っていた桜が生きているのを見つけたときは『まさか!?』と目を疑い、二度見、三度見しました。予想もしない偶然の産物だったので、『本当に生きてるの?』『ついに見つけたんだ!』と皆の歓声で実験室が一気に賑やかになりました」

桜に対する酢酸の適正濃度を調べる試験。低濃度の左は高温障害が、高濃度の右は薬害がそれぞれ発生している。
この最適な濃度で配合した液体は、試験管の中で美しく淡いピンク色に発色します。その色合いから、誰が名付けるともなく桜色活力剤と呼ばれるようになりました。その効果は劇的です。高温・乾燥状態に2週間置くと、活力剤を与えない桜がすべて枯死したのに対して、活力剤を与えた桜は100%生存しました。身近な材料の組み合わせで、桜を苦しめる三重苦を克服する。高校生の柔軟な発想と諦めない粘り強さが生んだ発見でした。

桜色活力剤の原液と希釈液。必要とする人に、正しい作り方、使い方を間違いなく伝えていくために、特許の取得も検討しています。

実験ほ場で育つ玉夢桜の苗木。手前が活力剤区、奥が対象区です。活力剤区の苗木は、同じ時期に植えた対象区の倍程度の高さに成長しています。
机上の空論で終わらせない。地域、そして世界へ広がる実践の輪
研究室で成果が出ても、現場で使えなければ意味がありません。山本さんは「日本さくら名所100選」に選ばれている地元柴田町の「白石川堤一目千本桜」にも高温障害の兆候があることに気づき、自分たちが生み出した桜色活力剤で地元の桜を守れないかと町役場へ足を運びました。しかし、相手は行政機関、こちらは一介の高校生です。
「門前払いも覚悟し、自分たちの活動内容と熱意だけはしっかり伝えようと話をしました。そうしたら、実は役場の方々も桜の衰弱に打つ手がなく、困っている状況だったのです」

美しく咲き誇る宮城県柴田町の白石川堤一目千本桜。樹齢100年を超える約1,200本のソメイヨシノの並木が8kmにわたって続きます(写真提供:宮城県柴田町)。
そこで、山本さんはこれまでの研究成果を示し、自分たちの技術が課題解決の一助になることを懸命に訴えました。その姿に、同席していた町の樹木医の方も「高校生が関わってくれれば、多くの人がこの問題に注目してくれるだろう」と賛同。確かな実績と地域を思う純粋な熱意が、大人たちの背中を強く押したのです。
町は実証実験を快諾。2024年4月、町民や樹木医が見守る中、一目千本桜への散布が行われました。「高校生が地元の桜を助けてくれるなんて」「桜の未来をつないでくれてありがとう」──町民からの温かい言葉が、生徒たちの胸に響きました。その後、散布した桜では樹勢の回復が見られています。

柴田町民とともに桜色活力剤を散水する様子。
活動の場は世界へも広がっています。2024年、生徒たちはJICA筑波センターで各国の農業専門家に向けて、桜色活力剤の技術発表を行いました。
「高温や乾燥、塩害は、日本の桜だけでなく、世界の樹木や農業が抱える共通の課題です。各国の研修員の方々は桜色活力剤の効果を知り、『ぜひ母国でも使いたい』とおっしゃっていました」

2023年に宮城県農業高等学校で実施したJICAの課題別研修の様子。この活動をきっかけにJICAより金特任准教授を紹介されたことが、桜色活力剤の開発につながりました。

JICA筑波センターにおける玉夢桜の植樹の様子(2024年)。各国の研修員に桜色活力剤の作り方と使い方も教えました。
大事なのは結果より“過程"。地元への「使命感」が活動の原動力に
震災から15年近くが経過し、当時の記憶が風化しつつある中、なぜ生徒たちはこれほど熱心に活動を続けられるのでしょうか。顧問の萩尾斗武(はぎおとむ)先生は、その原動力を「使命感」と表現します。
「生徒たちの根底にあるのは、『震災からの復興や桜プロジェクトの活動に多くの支援をいただいた。今度は自分たちが地元に恩返しをする番だ』という強い思いです。その使命感が、世代を超えてバトンをつなぐ原動力になっているのです」

宮城県農業高等学校 科学部 顧問の萩尾斗武先生。農業高校の強みは、さまざまな社会課題について考えるだけで終わらず、実際に手を動かして地域や社会とかかわりながら形にできることだと先生は話します。「生徒たちは、その経験を通して『自分たちにも社会を変える力がある』『未来は与えられるものではなく、自分たちで作っていくものなのだ』という自覚を持つようになるのです」。
萩尾先生はあえて困難な課題に向き合わせ、自分たちの頭で考えて行動させることで、生徒たちの潜在能力を引き出してきました。夏休みには実験室にこもり、朝から夕方まで10時間以上も苗と向き合う日が続きました。それでも思うようなデータが得られず、行き詰まることもありました。
「そんな時も生徒たちには『結果よりも過程を大切にしよう』と言い続けてきました。研究がうまくいかないときも、地域の方々と向き合い、自分たちにできることを探して泥臭く桜の下に足を運ぶ。その積み重ねが信頼となり、今回の受賞につながったのだと思います。教師として、これほど誇らしいことはありません」
次世代につなぐバトンの先に描く「桜色の未来」
山本さんも、地域の方々からかけられる言葉が何よりも力になると話します。
「先輩たちが守り抜いてきた桜を、今度は私たちが守る。その活動に対して『ありがとう』と言っていただけるのが本当に嬉しくて」
そうした地域への想いは、クボタ・毎日地球未来賞の賞金50万円を全額、柴田町へ寄贈するという行動にも表れています。使い道について部員たちで話し合い、迷うことなく出た結論です。町のシンボルであり観光資源でもある大切な桜で実証実験をさせてもらったお礼と、これからも桜を守り続けてほしいという願いを込めています。

桜色活力剤を散布した白石川堤の桜と山本柚花さん。活力剤を与えた桜の経過を注意深く観察することで、次の研究テーマにつながるヒントも得られました。
気候の変化によりこれまでの常識が通用しなくなる中、生徒たちは自らの手で桜を守る技術を新たに確立しました。宮城県農業高等学校 科学部の桜プロジェクトが積み重ねてきた研究成果は、環境が変化する中でも知恵と行動によって愛する風景を守り抜けることの証左なのです。
「私たちが卒業した後も、後輩たちがこの研究をさらに発展させ、さまざまな場所で求められているものを作っていってくれるはず。めざしているのは、満開の桜の下で人々が笑い合える新たな時代です」

宮城県農業高等学校 科学部の生徒の皆さん。写真左から、小野結衣さん(2年生)、松森樹由さん(2年生)、工藤綾人さん(1年生)、山本さん、後藤優羽さん(1年生)、小野寺麗さん(2年生)、阿部結希乃さん(3年生)。代々の先輩たちから現役生まで、生徒一人ひとりの地道で粘り強い活動の積み重ねが故郷の桜の未来を守りました。「誰一人欠けても、ここにはたどり着けなかった」と萩尾先生は断言します。


