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技術で解く、地球からの宿題TECH LABに集う仲間たちのチャレンジ(後編)

2025 . 07 . 04 / Fri

ルートレック・ネットワークスの佐々木伸一さん(左)と丸山製作所の佐野勇人さん(右)

写真・文:クボタプレス編集部

“食と農業”の未来を志向する場、「KUBOTA AGRI FRONT(クボタ アグリ フロント)」内の屋内栽培施設「TECH LAB(テックラボ)」。最先端アグリテックによる栽培を間近に体験できることから、多くの来場者が訪れています。アスパラガス、いちご、トマト、リーフレタスなど、施設内で育まれる作物には、人と技術の挑戦が込められています。

地球からの宿題を解決するカギ「アグリテック」

“食と農業”を取り巻く課題は、ますます複雑さを増しています。高齢化、後継者不足、気候変動に加え、限られた資源のもと、いかにして持続可能な地球環境を築いていくのか。これらの“地球からの宿題”に対して、いま、農業の枠を超えた異業種の仲間たちがTECH LABに集い、それぞれの専門性と技術を集結させて、この大きなテーマに挑んでいます。

この“宿題”に挑戦する仲間たちは、どのような熱意やビジョンを持って取り組んでいるのでしょうか。今回は二部構成の後半、仲間たちがTECH LABにアグリテックを提供するに至った背景にもふれながら、その想いに迫っていきます。前編はこちら:https://www.kubota.co.jp/kubotapress/people/tech-lab1.html

課題に挑む胆力。ゼロアグリが導く次世代の農業

TECH LABのアスパラガスといちごの栽培エリアで活躍する『ゼロアグリ』は、潅水と施肥をIoTとAI技術で自動化し、「高収量・高品質・省力化」に貢献する自動潅水システムです。植物が必要としている量だけ水と肥料を与える仕組みにより、水資源の枯渇対策やCO2削減にも寄与する、持続型の最先端アグリテックです。

この『ゼロアグリ』を開発したのは、株式会社ルートレック・ネットワークスの佐々木伸一さん。

株式会社ルートレック・ネットワークス代表取締役社長の佐々木伸一さん

株式会社ルートレック・ネットワークス代表取締役社長の佐々木伸一(ささきしんいち)さんは、大学で電気工学を学び、ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートしました。その後、半導体事業やシリコンバレーでIT系スタートアップ企業の日本進出に関わる事業化に従事し、2005年に同社を創業。機械同士をインターネットでつなぐM2M(Machine to Machine)技術をベースに、スマート農業事業を展開しています。

佐々木さんは、シリコンバレーで起業家文化に触れた経験を原点に、「日本から世界の社会課題を解決するイノベーションを」と志して、2005年にルートレック・ネットワークスを創業しました。

農業と出会ったきっかけは、2010年の総務省のプロジェクトで『ブロードバンド利活用の農業の見える化』に取り組んだことでした。

農業の現場に入り込む中で、農業界が抱える高齢化、担い手不足、環境負荷、利益率の低さといった課題を痛感し、IoT技術による解決を模索します。

「いろいろな農作業がある中で、着目したのは『潅水と施肥』です。人手不足が問題とされる中、“水やり10年”と言われる難しい作業を、新規就農者でもすぐに最適化できる仕組みが必要だと考えました。そこで、作物の栽培状況を数値化してモニタリングするだけでなく、制御にまで踏み込んだのが『ゼロアグリ』です。」

ハウス内に設置されたAI潅水施肥システムのゼロアグリで、土壌水分量や日照量などを取得する様子

AI潅水施肥システムのゼロアグリは、土壌水分量や日照量など、IoT技術で取得したデータを活用して作物に最適な土壌条件をクラウド上で導き出し、自動で潅水・施肥を実行。潅水・施肥の管理や調整はスマートフォン等を使って遠隔操作が行えます。

潅水と施肥の自動化を進めていく中、データに基づいた「根拠ある農業」を実現するため、佐々木さんは点滴灌漑に着目します。

「ちょうど私が読んでいた『Out of Poverty(邦題:世界一大きな問題のシンプルな解き方)』という本に“点滴灌漑”が紹介されていたのです。この技術はITを専門とする私たちのアプローチとしては、非常に相性が良いと思いました。」

イスラエルで発達した“点滴灌漑(drip irrigation)は、たった一つのバルブをコントロールするだけで、広い畑へ均一に水を供給できる画期的な技術です。この優れた技術に日本がこれまで着目しなかった背景には、国土の約60%が砂漠のイスラエルと比べて、水問題に悩むことが少なかったからではないかと佐々木さんは言います。

いちごに点滴灌漑をする様子

ゼロアグリは、点滴灌漑技術を活用しています。いちごの株元には、「点滴チューブ」と呼ばれる穴の開いた黒いパイプが設置されており、水と肥料を点滴のように供給します。これにより、作物が必要とするタイミングで必要な量だけを与えることができ、コストを抑えつつ環境に優しい栽培が可能になります。

シリコンバレーで培った交渉術で、点滴灌漑のパーツを扱うイスラエルの会社より協力を取り付けることに成功した佐々木さんですが、パーツを仕入れただけでは不十分でした。

「これらの道具に命を吹き込む“頭脳”を作ること。それこそが私たちの強みです。」

佐々木さんは、農業に精通した大学関係者と連携しながら、栽培データを蓄積。AIによる最適制御システムを構築し、2013年にゼロアグリ1号機を完成させました。

ただし、開発には農業特有の難しさもありました。「農業は年に一度しか結果が出ない。PDCAを高速で回すIT業界とはまったく違いました。データ収束の難しさ、気候変動による環境の揺らぎと向き合いながら、地道な改良を重ねてきました。」

そんな佐々木さん製品開発において心がけたのは、“シンプルさ”でした。

「ゼロアグリの制御盤には電源ボタンしか置かず、潅水と施肥はスマートフォンひとつで完結します。誰でも簡単に使えること。それが農業の未来を変えるカギだと考えています。」

農家の労力と精神的負担を軽減し、持続可能な農業の実現へ。農業分野で“Japan as No.1”を創りたい一心でゼロアグリを開発した佐々木さん。開発に必要なのは“胆力”だといいます。

「技術は世界の課題を解決する大きなヒントを持っています。これまでに学んだ技術を活用して、今の社会問題をどのように解決するのか『技術』と『課題』を紐づけて考えると面白い。新しい技術で挑み続ける胆力が、未来を変える原動力になるんです。」

トマトを栽培する農家に寄り添う佐々木さん

トマトやいちごの栽培エリアで活躍する『ゼロアグリ』は、全国46都道府県で400台以上の導入実績があり、キュウリやナス、ピーマン、メロンなど様々な作物で活用が進んでいます。

KUBOTA AGRI FRONTのコンセプト「食と農業の未来を志向する」に共鳴した佐々木さんは、こう締めくくります。

「KUBOTA AGRI FRONTでは、今ある農業の課題を含めて“地球からの宿題”は何なのかを子どもたちが理解できるよう工夫されています。持続性についても、農業だけではなく地球環境そのものについても考えていかなくてはいけません。答えがひとつではない中、課題だけでなく子どもたちに農業の魅力と可能性を知ってもらいたいです。」

農薬散布という重労働に、ロボットの力を。スマートシャトル開発の挑戦

一方、TECH LABのトマトエリアで活躍するのは、自動走行型農薬噴霧ロボット『スマートシャトル』です。農薬を手作業で散布すると手間がかかる上、狭いハウス内の作業では、噴霧した農薬が体に付着するリスクも避けられません。スマートシャトルは、設置された2次元コードをカメラで読み取ることで、位置と距離を把握。センサーを駆使して作物に接触することなく自動走行をおこなうだけでなく、タブレッド端末で操作することも可能です。

このスマートシャトルを開発したのは、防除機で国内トップシェアを誇る株式会社丸山製作所の佐野勇人さん。農業機械メーカーとして、農薬散布という重労働・高リスク作業に対し、最先端の“自動走行”技術を取り入れることで、現場の課題を解決できないかと考えました。

株式会社丸山製作所の佐野勇人さん

株式会社丸山製作所 大型機械事業部 設計課に所属する佐野勇人(さのはやと)さん。大学では機械工学を専攻。幼少期に祖父の家庭菜園を手伝った経験がきっかけで農業に関心を持つようになりました。好きな「ものづくり」と「農業」を組み合わせた仕事に就きたいと考え、農業機械や消火器を製造・販売する丸山製作所に入社。現在は農業用ポンプや防除機の設計・開発に携わっています。

「スマートシャトルのベースとなる、自動走行化されていない機種の開発を担当していました。その流れで、自動走行型であるスマートシャトルも担当することになりました。ただ、当初は自動化についてまったく経験がなかったため、どこから手を付けていいのかわからない状態からのスタートでした。」

佐野さんは、まず「製品としての仕様」を一から検討するところから着手しました。完成形のイメージが見えないまま手探りで進める日々は、不安も大きかったといいます。加えて、屋内栽培施設ならではの環境条件が、技術開発に大きな壁として立ちはだかりました。

「通常、自動車の自動運転などではGPSを使って位置を把握しながら走行しますが、ハウスのような屋内環境では、電波が届かずGPSが使えないケースが多いんです。また、カメラ映像による自己位置推定の技術も存在しますが、作物が成長することで周囲環境がどんどん変わるため、精度を保つのが難しいのです。」

佐野さんが採用したのは、二次元コードの一種「ArUcoタグ」と、画像とジャイロセンサーによる位置認識技術「VIO」を組み合わせた自立走行方式でした。

ハウス内でスマートシャトルが防除する様子

スマートシャトルは、ハウス内に設置した二次元コードの一種である ArUco タグ(認識タグ)と VIO 技術(画像とジャイロセンサーによる位置認識技術)を 組み合わせることで、GPS が使えないハウス内でも自動でうね間や通路を走行できます。また、うねとの距離を測る距離センサーを使って、うねの中央を走行するように設計されています。

さらに、操作性においてもスマートシャトルは工夫されています。複雑な設定や専用機材を必要とせず、モバイル端末で起動・走行ができる設計に。最小限の操作で運用できるようにすることで、高齢化が進む農業現場でも導入しやすいよう配慮されています。

スマートフォンでスマートシャトルを操作する様子

スマートシャトルの操作・確認は、モバイル端末を使って行えます。走行ルートの設定や防除の開始ができるほかに、作業の進捗も確認できます。

自動走行の技術を検討して1年、開発に3年をかけて完成した『スマートシャトル1号機』がTECH LAB内で活躍するようになっても、佐野さんは製品としてまだまだ納得できてない部分があるといいます。

「コストと走行の安定性をさらに追求していきたいです。現在のスマートシャトルには高価なコンピュータやカメラを使用していますが、一般ユーザーにとって手の届きやすい価格になっていません。製品開発の観点から、価格、使い勝手、メンテナンス性の良さなど、総合的にお客様から喜ばれる機械を作りたいです。」

若い社員たちがスマートシャトルをテストする様子

TECH LABで稼働するスマートシャトルはコンセプトモデルですが、市販化に向けた開発が進められています。

現場に寄り添い、徹底して「農家にとって役立つかどうか」と問い続ける開発姿勢。そして、アグリテックによる未来を見据えた挑戦。スマートシャトルは、農業の“新しい当たり前”を着実に、そして確実に拓きつつあります。

農業の未来を切り拓くために。佐野さんは、技術者としての信念を語ってくれました。

「技術はそれを使う人のためにある。最初は役に立たなくても、好奇心を持って自由に試してみればいい。その過程で得た知見がやがて製品開発の糧になることだってあるんです」

食と農業の未来へ。仲間たちと挑む“地球からの宿題”

最先端アグリテックが集うTECH LAB。開発に挑む仲間たちに共通する想いを、KUBOTA AGRI FRONTの運営を担う石井 祐樹さんはこう語ります。

クボタ北海道ボールパーク推進課の石井裕樹さん

クボタ 北海道ボールパーク推進課 ファーム統括マネージャーの石井裕樹(いしい・ゆうき)さんは、 前職では自動車メーカーで設計開発を担当し、クボタ入社後は国内のサービス部門を経て、現在はKUBOTA AGRI FRONTで勤務しています。「日々変化する作物と向き合いながら様々な関係者と挑戦できる環境は、技術に関わってきた者として刺激的です。そして、その様子や技術を実際に多くの方に見てもらえることがTECH LABの価値のひとつであると感じます」と石井さんは語ります。

「TECH LABは、施設園芸の省力化に取り組みながら“地球環境に優しい”、その上で、安全で安定的においしい作物がみなさんの食卓に並ぶように、今ある最先端の技術を結集させた場所です。また、限りある資源をいかに大切に使い、未来へ繋いでいくか。私たちが受け取った“地球からの宿題”に応えるための挑戦の場でもあります。」

施設園芸は、作物ごとに異なる管理が求められます。一見、機械化に向いているように思えますが、実際は非常に複雑な環境変化に対応しなければならず、自動化が進みにくい分野でもありました。

来場者がTECH LABを訪れ、最先端技術に触れる意義について、石井さんはこう語ります。

「農業というと、どうしても”つくる人(生産者)“に目が向きがちです。でも、実際には食卓に並ぶまでに、技術開発や流通、販売、支援する人など、さまざまな人たちが関わっています。農業を支えるバリューチェーンを知ってもらい、自分たちが身近に感じている”食“の背景を理解してもらうことで、未来の農業を考える一歩になればと思います。」

特に、子どもたちにとってTECH LABは「農業」のイメージが大きく変わる体験が得られます。重労働で衛生面も厳しく、天候まかせで安定した収入が得にくいなどといったイメージが先行する農業に対し、最先端アグリテックはその印象を大きく転換させるきっかけとなっています。

来場者に人気のいちごの栽培エリア

来場者に人気のいちごの栽培エリア。かがまずにラクに作業ができる高さに設けられた栽培ベッドが導入れています。いちごは、KUBOTA AGRI FRONT内に併設するカフェでの販売や、スイーツやジャムなどの加工品として提供されています。※不定期販売

「子どもたちがアグリテックを見て、自分の得意な分野で、将来、農業に関わる何かをしたいと考えてくれるようになれば、それがTECH LABの価値です。」

さらに、仲間たちとの連携についても、石井さんはその意義を強調します。

「私たちクボタは、長年にわたり農業機械を開発してきましたが、施設園芸という分野では、まだまだ足りない部分がありました。仲間たちと組むことで、スピード感を持って社会課題にアプローチできるようになった。技術開発はもちろん、発信のあり方そのものも変わってきたと実感しています。」

今や農業の課題は、単なる「作業の省力化」にとどまりません。気候変動による栽培地域の変化、高齢化、労働力不足など、次々に押し寄せる変化の波に、スピード感を持って応えていかなければならない時代です。

“農業は、地球からの宿題だ“

KUBOTA AGRI FRONTで育まれるのは、技術だけではありません。ここでアグリテックに触れた子どもたちが、やがて新たな農業技術を生み出す世代へと育っていく。ひとつではない答えを仲間たちと解決していく、そんな未来を育む場所です。

生産者から消費者へ、「いただきます」から「ごちそうさま」、開発者から子どもたちへ。仲間たちが紡ぐバトンは、今、未来をつくる誰かへと確かに渡されつつあります。

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