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-GROUNDBREAKERS AWARD2025 ファイナリスト5名特集シリーズ 第1回-農業の未来をひらく、5つの挑戦 ~株式会社うめひかり~
2026 . 09 . 04 / Fri
写真・文:クボタプレス編集部
日本の農業は、担い手不足や気候変動、生産コストの上昇など、さまざまな課題に直面しています。こうした状況の中で、「起業家精神」をもった挑戦が各地で生まれています。
「GROUNDBREAKERS」は、農業経営者や関係者とともに、日本農業の未来について考えるオンラインイベントとしてクボタが継続的に開催してきました。その中で見えてきたのが、起業家精神を発揮し新たな価値を生みだそうとする農業経営者の挑戦でした。
そうした挑戦に光をあて、ビジネスの視点からその価値を広く社会へ届けることを目的として、NewsPicksと共同で立ち上げたのが「GROUNDBREAKERS AWARD」です。
「農業に、起業家精神を。」をテーマに、独自の視点と行動力で農業の未来を切り拓こうとする農業経営者を表彰する本アワード。初開催となる今回は、全国から寄せられた応募の中から5名のファイナリストが選出されました。
本特集(全5回)では、異なるフィールドで挑戦を続ける5名のファイナリストにフォーカスをあて、事業への想い、挑戦の原動力、そして描く未来を通して、日本農業の新たな可能性を探ります。
株式会社うめひかり・山本将志郎さんの挑戦
第1回は、和歌山県みなべ町で梅干しブランド「うめひかり」を手掛ける、山本将志郎(やまもと しょうしろう)さんです。
山本さんは、梅を単なる農作物ではなく「事業」として捉え直し、生産から加工、販売、そして人材育成までを一体で考えています。その出発点にあったのは、特別な技術や資本ではなく、「梅の現場を変えたい」という、シンプルな思いでした。

株式会社うめひかり代表の山本 将志郎さん。
一番変えたい世界は、梅の現場だった
和歌山県みなべ町。世界農業遺産にも登録されたこの地は、日本を代表する梅の産地として知られています。
明治37年(1904年)から続く梅農家に生まれた山本さんは、北海道大学薬学部でがんの新薬研究に取り組んでいました。当時は将来の進路として研究職に進むことも視野に入れていましたが、一度立ち止まります。きっかけは、梅農家を継いだ兄から告げられた一言でした。
—梅の栽培にやりがいを感じない—
その言葉が、山本さんの心に残ります。
「日本全体を幸せにするために、自分に何ができるのか考え続けていました。製薬会社のみならず大手企業の面接も受けましたが、大きな仕事はあるものの、自分が携わることで具体的に何かが変わっていくイメージを持てなかったのです」
何かを本気で動かすには、現場から始めるしかない。そう考えた山本さんは、自身のルーツでもある梅の現場へと戻ります。「自分が一番向き合いたい世界は何かを考えました。兄の言葉もあり、まずは梅業界から始めようと思いました」

うめひかりが栽培する梅園地。耕作放棄地0.4haから始まった梅の栽培も今では15haにまで広がっています。
自分たちの梅を、自分たちの手で届けたい
現場に入って見えてきたのは、効率的に分業された産業構造でした。生産、加工、販売それぞれの役割が明確に分かれていることで、梅干しの大量生産を支える仕組みは整っています。
しかし一方で、そこには違和感もありました。
「従来の梅農家は生産から収穫後の塩漬けまでを担い、その後の加工(調味)や商品化はメーカーが行うため、最終的にどのような梅干しになっているのか見えにくい構造でした」
また、消費者の嗜好や流通環境の変化の中で、調味された梅干しが広く選ばれるようになり、スーパーなどでは昔ながらのすっぱい梅干しが手に入りにくいといった場面も生まれていました。
「調味された梅干しが多くの支持を集める理由は食べやすいからだと思います。一方で、私自身は梅農家として、梅本来の魅力を最も引き出せるのは、このすっぱさだと考えています」
であれば、自分でやるしかない。
山本さんは、梅を「再設計すべき事業」として捉え直します。そこで支えとなったのが、薬学部での研究を通じて培った「仮説を立て、試し、検証する」という積み重ねでした。
「研究で何度も試行錯誤を繰り返す中で、仮説と検証という思考プロセスが自然と身に付いたのだと思います。この仮説検証の力を、梅の分野にも応用できるのではと考えました」
山本さんが思いついたのは、「梅農家がつくる梅干しブランド」でした。
半年間にわたり、梅干しの漬け方を徹底的に研究し、たどり着いたのが紫蘇(しそ)と天日塩だけで漬ける素材本来の味を活かしたシンプルな梅干しです。2018年に誕生した初代商品「うめひかり」は、すっぱくてしょっぱい、昔ながらの梅干しの味わいでした。

うめひかりで販売されている梅商品の数々。無添加のすっぱい梅干しをはじめ、梅干しを作る過程で生まれる「梅酢」などの販売も行っています。

熟成のため樽に漬けられる梅干し。熟成により梅の味がギュッと凝縮され、濃厚でぜいたくな味わいに変化します。また、塩味の角がとれ、まろやかな味わいになります。

完成した商品(すっぱい梅干し)を軽トラックに積んで日本一周を敢行。厳しい意見も多かった中、昔ながらの梅干しを求めていた人たちから歓迎されたことが、山本さんの励みになったといいます。
全部教える。それが梅ボーイズ
山本さんが次に取り組んだのは、梅農家のやりがいを取り戻すことでした。梅農家が自らの手で価値をつくり出していく仕組みづくりのため、株式会社うめひかりを令和元年(2019年)に設立することになります。
「梅の栽培をしなくなった耕作放棄地0.4haからのスタートでした。ところが、その年は運悪く梅にとって史上最悪の不作の年だったので、最初は実も採れず、かなり大変でした」
そうした状況の中でも、山本さんは自ら描いた構想を一つひとつ形にしていきます。梅事業の再設計では、生産から加工、販売までを一体で捉えることだけでなく、その価値を担う「人」をどう育てるかにも重きが置かれていました。
その考えを形にしたのが、新規就農支援プロジェクト「梅ボーイズ」です。
全国から梅農家を志す若者を受け入れ、耕作放棄地の開墾や収量向上のために欠かせない剪定、土づくりなど、栽培に必要な技術やノウハウを惜しみなく提供し、次世代の担い手を育てています。
「全部教えます。新規就農から3年で農園長になれるモデルづくりに取り組んでいます。また、新規就農者たち自らが工夫することで園地から利益が出た場合には、固定給にプラスして臨時収入が得られるような仕組みづくりにも挑戦しています」
こうした姿勢の背景には、生産者を含めた「梅干し」に関わる人たち全体で、価値とやりがいの意識を高めていくという一貫した考えがあります。
誰もやらないなら、自分たちで研究する
作業においても、自社開発したアプリを活用し、作業の進捗をデータで記録・共有しています。その情報をチーム全体で活用することで、正確性や効率の向上につなげています。
さらに山本さんは、海外の農業現場にも足を運びます。現地の生産者と接する中で、特に強く感じたのが、高い反収(一反あたりの収穫量)を支える「栽培技術」と「機械化」の重要性でした。

コストがかかる手作業での従来の選別作業に対し、効率化を図るために自社開発中のAI自動選別機。国内ではこれまで梅の選別機械は開発されていませんでした。
「果樹を例にとると、海外では最適な植栽密度が研究されていますが、日本では『大体、これくらい』という経験則が根強く、海外ほど検証が進んでいないのが現状です。とはいえ、研究には時間もかかりますし、個人農家では思い切った実験に踏み切るのは簡単ではありません。だからこそ、私たちはそこに取り組んでいきます」
その結果、うめひかりは平均を上回る収量を実現しています。山本さんは、さらに研究を進めることで、より高い生産性も見据えています。
また、全ての作業において、機械化が必要だと山本さんは言います。その理由は、梅の収穫期には多くの人手が必要となり、人を集めるだけでなく宿泊所の準備なども伴うからです。多忙な時期の負担を少しでも減らすためにも、機械化は欠かせません。
「梅の市場が大きくないので、機械の開発をするプレイヤーが不足しています。海外の農業の場合、そうした機械は生産者が手作りしていることが多いので、梅の場合も農家が主体となって機械開発に取り組んでいかなければと考えています」
なんとかするしかない。その一歩が仲間を支えた
農業は、常に順調とは限りません。それは、梅農家も同じです。
記録的な悪天候により、収穫が見込めなくなった年もあります。特に和歌山県では、昨年の雹(ひょう)被害により、梅を中心に甚大な農業被害が発生しました。これは既存の梅農家にとっても大打撃ですが、新規就農者にとっては、より収入に直結する深刻な問題でした。

令和7年(2025年)4月6日~15日にかけて降った雹によって傷ついた梅。また、カメムシの被害や暖冬による不作の影響も加わり、被害額は過去10年で最悪、収穫量は過去30年間で最少となりました。
自身も就農1年目に記録的な不作を経験した山本さんは、新規就農者に限り、雹被害によって傷ついた梅も含めて正規価格で買い取るという判断をします。さらに、その資金をクラウドファンディングで募る道を選びます。
「農家には収入保険がありますが、前年度の実績によって支払われるため、新規就農者にはあまり意味を持ちません。なんとかするしかない!という思い先行でやりましたが、返礼品の発送などを担ったスタッフには大きな負担をかけてしまいました」と振り返る山本さん。
こうした山本さんの行動は全国から多くの共感を集め、最終的には約4,000万円もの支援が寄せられ、新規就農者の挑戦を支える力となりました。
他にも年間数千トン単位で廃棄されていた「梅酢」を商品化し、フードロス削減にも貢献。SNS動画コンテンツを活用して、梅酢をつかった簡単料理レシピを発信したことで、今では人気商品となっています。

公式YouTubeチャンネルのトップ画面(チャンネル登録者数は約15万人)。InstagramやXなど様々なSNSを活用し、梅の魅力を発信しています。
こうした一連の挑戦から見えてくるのは、理念を掲げるだけでなく、それを現場で機能させていく力です。
広げたいのは、会社ではなく産地
梅を事業として再設計するという山本さんの構想は、みなべ町という一つの産地に留まるものではありません。
山本さんは和歌山だけでなく、愛知や三重、茨城など、各地の梅産地において製造所の立ち上げ支援を進めています。地域ごとに異なる環境や条件を踏まえながら、それぞれの産地に適した形で、梅干しづくりの基盤を整えていく構想です。
山本さんがめざしているのは、一つの組織として拡大していくのではなく、各地で担い手が育ち、農家がやりがいを持って自走していく状態です。
また、梅の生産にとどまらず、山林の再生や地域資源の循環にも目を向けています。引き受けた土地をすべて梅の栽培に活用するのではなく、栽培に適した土地では梅を育て、難しい場所は山林へ戻し、林業として活用していきます。土地の特性に応じて役割を見極め、地域全体で最適な土地利用を考えることも、山本さんが描く産地づくりの一つです。


地域保全活動の一環として、農地に適さない耕作放棄地にどんぐり(ウバメガシ)を植えるための作業。特産品の紀州備長炭の原木になります。
山本さんの挑戦は、決して特別なものではありません。
自ら課題を見つけ、仮説を立て、試し、検証し続ける。その中で磨き抜かれたすっぱくてしょっぱい梅干し。梅の木は長い年月をかけて育てられる果樹です。一年で結果が分かる作物ではなく、畑や気候、木の状態を見ながら少しずつ手を入れていくものです。
食卓に寄り添うこの味は、こうした積み重ねの中から生まれています。

新規就農支援プロジェクト「梅ボーイズ」のメンバーと山本さん。梅を継承するだけではなく、栽培を進化させるチャレンジを続けています。
農業の未来、正解はひとつではありません。
しかし、現場から生まれる「起業家精神」をもった実践の一つひとつが、次なるビジネス機会創出に貢献するとともに、農業を成長産業へ導く挑戦へとつながっていきます。
本特集シリーズでは、これからもそうした挑戦を追い続けていきます。


