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予選審査会から見えてきた、農業経営者たちの起業家精神挑戦者たちが集うGROUNDBREAKERS AWARD
2025 . 12 . 29 / Mon
写真・文:クボタプレス編集部
起業家精神で農業の課題に取り組む生産者を表彰する「GROUNDBREAKERS AWARD」。
GROUNDBREAKERSは、農業経営者や農業関係者とともに、日本農業の現状とこれからを考える機会として、クボタが継続的に開催してきたオンラインイベントです。2021年以降、これまでに6回開催され、延べ6万人を超える参加者が集う場へと育ってきました。その取り組みの一環として、今年から新たに立ち上げられたのが「GROUNDNBREAKERS AWARD」です。
栽培する作物も営農規模も異なる全国の農業経営者から、100名を超えるエントリーが寄せられ、その中から書類審査を通過した10名が、予選審査会の舞台に立ちました。その取り組みに共通していたのは、未来を自らの手で耕すという強い意志でした。
今回のクボタプレスでは、この予選審査会を起点に、2025年11月から2026年1月にかけて開催されるGROUNDBREAKERS AWARDの歩みを追い、本アワードを通じて見えてくる農業経営者の「起業家精神」と「場の力」を伝えていきます。
農業を取り巻く環境変化、揺らぐ現場と新たな視点
本アワード開催の背景には、いま日本の農業が抱える大きな変化があります。
人々の食生活を支える農業は、その土地の気候や風土に適応しながら、時代とともに形を変えてきました。しかし近年、その持続可能性は大きな転換点を迎えています。担い手不足、資材や燃料の高騰、収益性の不安定化、そして気候変動。こうした課題が重なり合い、農業現場に大きな影響を与えています。
そうした中でも、地域を守り、次の世代へ営みをつなぐために、新たな技術や発想を取り入れ、仕組みを見直し、経営そのものを再設計しようとする農業経営者がいます。この挑戦する姿勢こそ、いまの農業に求められる起業家精神と言えるのかもしれません。
本アワードは、こうした農業の未来を切り拓く挑戦者に光をあてるために生まれたコンテストです。
テーマは「農業に、起業家精神を。」
挑戦を続ける農業経営者をロールモデルとして紹介し、農業の未来をともに描いていくための取り組みです。ここからは、予選審査会(2025年11月25日開催)の模様をお伝えします。

11月25日の予選審査会では、大手町プレイスホール&カンファレンスに10名の挑戦者たちが一堂に会し、各々がめざす経営のビジョンについて発表を行いました。
10名の挑戦者が示した、農業の現在地
地域の農地を守り、収益性を高め、未来へつなぐために行動し続ける農業経営者たちによってプレゼンされた事例は多岐にわたり、日本の農業が抱える重層的な課題に対し、登壇者たちは実に多様な方法で応えていました。その取り組みをたどっていくと、いくつかの共通した挑戦の方向性が浮かび上がってきます。
<担い手と働き方の再設計>
若手や女性が活躍しやすい組織づくり、ドローンや直播を組み合わせた米づくりの省力化など、働く環境そのものを変えていく試み。
<農地・資源の再活用>
耕作放棄地の再生や輪作体系*の見直しを通じて、農地を持続的に管理していくための工夫。
- 同じ土地に種類の異なる作物を、複数年にわたり一定の順序で繰り返して栽培する作付け体系
<収益構造の高度化>
生産に加工や外食を組み合わせた高付加価値化、デジタル技術を活用した生産管理、ブランドづくりや新たな販路開拓。
<気候変動への適応>
CO₂削減型稲作や品種改良の提案など、環境変化に正面から向き合う取り組み。
<地域との共生>
集落営農や地域運営組織(RMO)との連携、関係人口の創出など、地域とともに農業を支える仕組みづくり。


本予選審査会は、挑戦者によるプレゼンテーション(5分間)と審査員からの質疑応答(5分間)で構成。
一戸では成り立たない時代の、地域という経営資源
なかでも特筆すべきだったのが、「地域との共生」を経営の前提に据えた取り組みです。
登壇者のプレゼンテーションでは、自らの経営をどう拡大するかだけではなく、地域全体の農業をどう維持し、次の世代へ引き継いでいくかという視点が繰り返し語られていました。
単価向上によって得た収益を地域へ還元する仕組みづくりや、集落営農、地域運営組織(RMO)と連携による役割を分担。さらに、体験型施設の運営を通じて国内外から人を呼び込み、関係人口を増やしていく試みも紹介されました。
そこに共通していたのは、地域そのものを経営資源として捉え直す発想です。誰と、どのように農業を支えていくのか。その問いに対する具体的な解決策が、この分野の挑戦からはっきりと浮かび上がっていました。
つくる農業から、価値を設計する農業へ
もう一つ、起業家精神が強く表れていたのが、収益構造そのものを見直す挑戦です。
登壇者たちは、生産量を増やすことだけでなく、「どこで価値を生み、どこで収益を確保するのか」を自ら設計していました。
生産に加工や外食を組み合わせた高付加価値化、梅干しや梅酢といった商品のブランド化、SNSを活用した直接販売による新規販路の開拓。さらに、AIやQRコードを活用した生産管理の効率化や、J-クレジットの創出といった、農業の枠を超えた収益モデルも示されました。
これらに共通していたのは、農業を「作る仕事」だけではなく、価値を設計し、届ける事業として捉え直す視点です。市場や社会の変化を読み取り、自らの強みをどう活かすのか。その思考と実践こそが、本アワードが掲げる起業家精神を体現するものでした。
審査員が語る「起業家精神」と、GROUNDBREAKERS AWARDが生み出す「場の力」
予選審査会の舞台裏では、登壇者の発表と同じ熱量で、審査員たちの議論が交わされていました。ここでは、審査員を務めた山田敏詩さん(こと京都株式会社 代表取締役)と、齋藤潤一さん(一般社団法人ローカル・スタートアップ協会 代表理事/AGRIST株式会社 代表取締役)にお話を聞き、本アワードが浮かび上がらせた「起業家精神」と、その根底にある「場」の意義を探ります。

予選会では発表前に「農業に起業家精神を根付かせるには?開拓者たちに聞くファーストステップ」と題したオープニングセッションを開催。

左から齋藤潤一さん、成田修造さん(連続起業家、エンジェル投資家)、山田敏詩さんが登壇され、それぞれの目線から見る“起業家精神”について意見を交わしました。
「作ること」と「売ること」を両輪で捉える、こと京都・山田敏詩さんの視点

こと京都株式会社 代表取締役 山田敏詩さん
まずは、九条ねぎを専門に扱う「こと京都」を率い、生産から流通・ブランドづくりまで一貫した事業展開を行ってきた山田さんに、ご自身が捉える「起業家精神」を語っていただきました。
山田さんが繰り返し強調したのは、農業を持続可能なビジネスとして成立させるうえで、「作ること」と「売ること」を切り離さない視点です。
「ひと昔前までの農業経営は、生産活動のみで成立していましたが、今は戦略的に作ることと売ることを両輪で回していかないと続かないと思います」。
そのためには、他産業と同じように、どんな価値で差別化し、どの市場を狙い、どのような組織と人材が必要なのかといった観点から、事業全体を設計する力が求められます。
「こと京都」も、起業時は山田さん自らが市場に足を運び、競りの様子を観察しながら「どの作物が評価され、何が品質として見られているのか」を確かめるところから始まりました。情報が限られる環境の中で、従来の慣行に流されず、本来の九条ねぎの品質を守りながら市場と向き合う。その姿勢が、結果的に大きな差別化につながっています。
「真面目にやっていることを、そのまま表現する。それが一番の差別化だと思っています。きちんと伝えれば、わかる人には必ず伝わります」。
同時に、山田さんは「決めたことを成功するまでやりきる覚悟」と、環境が変わったときに「撤退を判断する冷静さ」の両方が起業家精神には欠かせないと語ります。自社でも養鶏や製菓など幅広く展開した経験から、環境変化(法規制・市場ニーズ・価格の変動)に応じて、自分たちの強みと照らし合わせる必要性を痛感したといいます。
「環境が変われば、戦い方も変わります。今の環境と自分たちの強みが合っているかを常に見直し、周囲の人を巻き込んでいくことが、起業家として大事な仕事です」。
最後に山田さんは、起業家精神の原点について、飾らず簡潔に述べました。
「どれだけ深く考えるかも大事ですが、最後は自分が決めたことにワクワクできるかどうかが重要です。ワクワクできれば苦労も苦になりません。その気持ちを持てることこそが、起業家精神の原点だと思います」。

審査員として挑戦者への質疑と感想を述べる山田さん。
ともに挑む仲間が生まれる場として「GROUNDBREAKERS AWARD」。審査項目の設計にも携わった、齋藤潤一さんの視点

一般社団法人ローカル・スタートアップ協会 代表理事/AGRIST株式会社 代表取締役 齋藤潤一さん
続いて、農業スタートアップの支援や一次産業の地域コミュニティづくりに取り組む齋藤潤一さんに、本アワードの意義を伺いました。
「GROUNDBREAKERS AWARDは、単なるコンテストという枠を超え、多様なプレイヤーが一堂に会し、お互いを知る貴重な場としての力を強く感じました」。
農業の現場では、日々の作業が続く中で、同じ地域の農家同士でさえ、互いの取り組みを知る機会がそう多くありません。予選審査会の会場では、和歌山の梅農家と山形の稲作農家が自然に言葉を交わし、審査員も含めて「今度は一緒に現場を見に行きましょう」と、新しい関係が自然と育まれていました。
齋藤さんは、その様子を「一つのコミュニティであり、カルチャー」と語ります。
「起業家精神は一朝一夕で身につくものではなく、種をまき、水をやり、時間をかけてじっくり育てていくものです」。
さらに、クボタのブランドステートメント「For Earth, For Life」にも言及し、本アワードが果たす役割を次のように語りました。
「『For Earth』は大地や環境、『For Life』は暮らしや仕事。多様な農業経営者がそれぞれの立場から『For Earth, For Life』を十分に考慮し、自身の言葉で表現する場、そしてそれを互いに共有する場として、GROUNDBREAKERS AWARDは機能している。この点は非常に意義深いものであると評価しています」。
「起業家精神」とは何か。
その答えは一つではありませんが、挑戦者同士が出会い、知恵と視点を交わし、次の一歩を踏み出すキッカケと熱量を持ち帰ること。その積み重ねこそが、起業家精神を育てていく。本アワードは、その力になろうとする「場」であることを、改めて感じさせてくれました。

オープニングセッションにて、「農業は変革の時を迎えており、今こそ起業家精神が求められる」と説明する齋藤さん。
挑戦が耕す未来。GROUNDBREAKERS AWARDが描いた次の光景
予選審査会の会場には、10名の挑戦者による熱だけではなく、審査員の真剣なまなざし、互いのプレゼンを尊重し合う空気がありました。会場のあちこちで交わされた会話や出会いは、本アワードが単なるコンテストではなく、気づきと共創の場であることを感じさせました。

挑戦者と審査員との質疑応答の様子。
作物も規模も地域も異なる10名の挑戦者。地域資源を活かした需要創出、有機技術の継承、収益構造の再設計、地域と歩む組織づくり、圃場管理の技術革新など、多様な試みの背景には、一つの核がありました。
「未来の農業を、自分たちの手で耕していく」という決意です。
本アワードは、その決意が出会い、刺激し合い、次の可能性へと広がる場。そこに芽生えていたものは、クボタの「For Earth, For Life」とも響き合っていました。

本会場の隣にある展示エリアでは、来場者へ自社製品のPRができるなど交流の輪が広がっていました。
最終審査会へ
2026年1月16日に開催されるGROUNDBREAKERS AWARD最終審査会へ進む5名が決まりました。全国から100名を超える応募の中から選ばれた挑戦者が、どのような想いと構想をもって次の舞台に臨むのか。その行方に、自然と期待が高まります。
今回の予選審査会を通じて明らかになったのは、本アワードが、選ばれた挑戦者だけの舞台ではないということでした。応募というかたちで名を連ねた農業経営者はもちろん、今回応募には至らなかったものの、日本各地で今日も現場に立ち、試行錯誤を重ねながら挑戦を続けている農業経営者の存在。その営みを支える地域のコミュニティ、流通や加工に関わる人々、そして日々の食を通じて農業と向き合う消費者の一人ひとり。

予選審査結果発表後、総評を行うクボタ 取締役の渡邉大さん。
本アワードは、そうした多くの挑戦と支え合いが重なり合う社会全体に、前向きな循環を生み出していくことをめざしています。
クボタプレスでは、今後もGROUNDBREAKERS AWARDの歩みとともに、起業家精神をもって農業の未来を切り拓こうとする人々の姿を追い続けていきます。


