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「団欒こども食堂」の営みから見えたお米がつなぐコロナ禍の人と人

2022 . 11 . 18 / Fri

「団欒こども食堂」で働くボランティアの皆さん。後列中央が代表の渕上桃子さん。

写真・文:クボタプレス編集部

こども食堂の最新事情について、むすびえ理事長にお話を聞いた前回に続き、今回は大阪・豊中市の「団欒こども食堂」の1日の活動を密着取材。コロナ禍における活動内容やお米が果たす役割、こども食堂を通して私たち一人ひとりができる社会貢献について、代表の渕上桃子さんに聞きました。

シングルマザーとしての実体験から生まれた「団欒こども食堂」

大阪府豊中市の「団欒長屋」は、渕上桃子さんが「子どもを真ん中にした多世代交流」をめざして始めた拠点。住宅街の一角にたたずむ、どこか懐かしい木造平屋の建物内では、こども食堂だけでなく学童保育や乳幼児保育、小・中高生を対象にした自習塾など、さまざまな活動が行われています。

「団欒こども食堂」を運営する「団欒長屋」の外観

表通りからは奥まった路地に面した小さな木造平屋の「団欒長屋」。こども食堂が開かれる毎月第3土曜日には、鳥のイラストが目を引く玄関ドア前の軒先に目印ののれんが掛けられます。

渕上さんは縁あって豊中市に住み着き、地縁も血縁もない町で生後8カ月の子どもを抱え、シングルマザーとして仕事探しと保育所探しをスタート。幸いどちらも見つかったものの、勤務先と家の往復だけで地域との接点がなかったため、次第に昔の「向こう三軒両隣」の長屋のように、子どもを中心とした多世代交流拠点をつくりたいという思いが膨らんでいったそうです。2013年、市内で学童保育を行っていた民間の施設が閉鎖されるという情報を知り、そこをスタッフや利用者ごと引き継ぐことを決意。「団欒こども食堂」がスタートしたのは、それから4年後のことです。学童保育に通っていた子どもの保護者の一人から「子育てが一段落したから、ここでこども食堂をやりたい」という提案があったことがきっかけでした。

団欒長屋プロジェクト代表の渕上桃子さん

団欒長屋プロジェクト代表の渕上 桃子(ふちがみ ももこ)さん。学童保育、乳幼児保育、こども食堂、こども自習塾、家庭を訪問して家事や育児の支援を行うホームサポーター派遣など、さまざまな事業を展開中です。

ひとり親家庭では、親が仕事で夜まで不在のため、コンビニで好きなものを買って食べる『孤食』が日常の子どもが珍しくなく、偏食になりがちだと渕上さんは指摘します。

「そんな子どもたちに、大勢で温かいものを食べる楽しみを味わってほしい。また、早く自分のことは自分でできるようになってほしいという思いもありました」

旬の食材や栄養についての知識、調理道具の使い方などを教える食育の場をめざす団欒こども食堂では、子どもが調理から盛り付け、配膳、後片づけまでを自分たちで行うのがポリシーです。

コロナ前のこども食堂で子どもたちが調理する様子
子どもがボランティアの女性から魚のおろし方を教わっているところ

新型コロナウイルス感染症が蔓延する前の団欒こども食堂。子どもが調理技術の習得や大勢で食べる楽しさを学ぶ場だけでなく、地域の人々と交流する貴重な場を提供していました。

しかし、次第に未就学の子どもと親の参加が増えるに従い、10代の子どもたちが来づらくなり、学童保育卒業後はますます足が遠のきがちなことが気がかりだったと振り返る渕上さん。そこで、食材の寄付を募る仕組みが整いつつあったこともあり、思い切って活動日を増やし、小中高生向けに夕食付き無料学習支援『団欒こども自習塾』を始めたそうです。近くにキャンパスのある大阪大学などの学生ボランティアが勉強を教えてくれるという、ありがたいサービス付きです。

子どもたちの自習風景

各自が宿題や自習教材を持参し、個別学習を行う夕食付きの「こども自習塾」。ボランティアの大学生がマンツーマン指導も実施。コロナ禍でも、緊急事態宣言下では家族分のお弁当持ち帰りで、現在は時間差で黙食をしながら継続しています。

コロナ禍で時差登校が始まると、親が先に出勤すると子どもが学校を休みがちになってしまうという保護者の声を聞き、子どもの居場所を増やしたい思いもあって、これまで何とか続けてきたと渕上さん。

「先日、ボランティアの学生さんに自習塾の子どもたちに向けて、進路決定のきっかけや思いについて話をしてもらったところ、みんなの心にすごく刺さったようでした。年の離れた兄姉が身近にいないと『大学なんか行かへん』と言い出す子もいて、特にひとり親は気になるところですが、地域の社会人や学生のロールモデルと接する機会の大切さを感じましたね」

コロナ禍における団欒こども食堂の活動

初めて緊急事態宣言が発令された2020年4月以降、全国のこども食堂の多くは会食ができなくなり、お弁当や食材の配布に切り替えました。団欒こども食堂も同様で、これまで食堂を開いていた毎月第3土曜日に、スタッフが集まって予約を受けた人数分のお弁当をつくり、寄贈を受けた食材を小分けにした紙袋と一緒に配布しています。

家庭用の台所でおかずをつくるボランティアの女性たち

家庭用の台所で、数名のボランティアスタッフが分担し、手際よく数種類のおかずづくりを進めていきます。

この日の午後、集まったボランティアの皆さんは10数名。台所で女性たちが数種類のおかずをつくる傍ら、隣室に置かれた長机にお弁当箱がずらりと並べられ、残りのメンバーができあがったおかずやごはんを順次詰めていきます。ボランティアの中には、社会人や中学生など、男性も交じっています。もともと会食形式で営んでいた団欒こども食堂では、毎回60食分のお弁当をつくる作業スペースを確保するのもひと苦労です。また、感染予防の観点から、無言で効率よく作業するしかなく、渕上さんは「せっかく新しいボランティアの方がいらしても、お互いマスクだと表情もわかりづらい」とコロナ禍での活動の難しさを語ります。

男性の社会人や中学生が弁当の盛り付け作業を行う様子

ごはんやおかずを箱に詰める男性ボランティアの社会人や中学生たち。奧は台所。中学生はテレビでこども食堂の存在を知り、近所の団欒こども食堂を調べて参加したそうです。

さらに、その隣の部屋では、フードパントリー用の食材を仕分けする作業も行われていました。こども食堂にとって、フードパントリーを続けるための食品確保は相当な負担であり、例えば会食形式だとカレールウ1箱で8皿のカレーが提供できたのに対し、フードパントリーでは家庭数分のカレールウを配布する必要があるなど、予想外の苦労もあるそうです。しかし、カップ麺やレトルト商品、お菓子など、地元の団体や企業、個人から寄贈された食品の多さには驚かされます。

渕上さんによれば、直前にSNSで呼びかけた結果、何とか集まったとのこと。家族の中から感染者や濃厚接触者が出て自宅待機になると、親は仕事ができないので収入が減るうえ、子どもは給食が食べられず自宅での食事回数が増えるため、特にひとり親家庭は経済的に一気に苦しくなる、と渕上さん。「数日でこれだけの量が集まり、手を合わせたくなるほどありがたいです。気持ちを新たに頑張って続けていかなければと思います」と言います。

寄付された食品を各世帯に配るため、複数の紙袋に分けて入れたところ

仕分けが終わったフードパントリー用の食材。子どもの年齢や兄弟数を考慮して分配し、ひとり親家庭に配られる。

こども食堂にとってのお米の重要性

寄贈された食品の中にはお米も含まれており、小分けにして各家庭に配られています。

フードパントリー用に小分けした米

フードパントリーと一緒に配布するため、小分けにしたお米。

「お米はこども食堂にとって、いちばん必要不可欠なものです。昨年、クボタさんからいただいたおいしい新米は、調理用として全部使わせていただきました。新米が寄贈されることはめったにありません。小分けにする作業を自分で行うようになって実感しましたが、新米や精米したてのお米はしっとり感や重量感が全然違います」

炊きたてのごはんのクローズアップ

炊きたてのごはんを飯台に移して冷ましているところ。弁当配布の日に一度に炊く量は70~80食分、3升以上。

お米の大切さは、各家庭にとっても同じです。フードパントリーにおいて、もちろんインスタント麺やレトルト食品もありがたがられますが、「お米はどんなときも、どれだけあっても喜ばれます。手元に十分なお米があることは、やはり安心感につながるのでしょう」と渕上さん。主食として食べ盛りの子どもたちのお弁当に欠かせないものであると同時に、重要な保存食材として家庭に安心を届ける――コロナ禍のこども食堂にとって、お米がいかに人と人を結びつける大事な役割を担っているかがわかります。

詰め終わったお弁当を机に並べた様子

詰め終わったお弁当60食分が並んださまは壮観。お弁当は大人300円、子ども100円。要予約で、なるべくたくさんの子どもに行き渡るよう、大人は1家庭につき1人まで予約可能としています。

コロナ禍でも地域交流地点であることに変わりはない

夕方、お弁当配布の時間になると、団欒長屋前の私道に受付用の机を出して待ち構える渕上さんのもとに、三々五々、予約していた皆さんがやってきました。渕上さんは一人ひとりと会話を交わし、さりげなく近況を聞いている様子がうかがえます。

「なるべく少しでも『最近どう?』と話しかけるようにしています。こども食堂の原点は地域や世代の交流。それがなくなったら、ひたすらお弁当を量産する工場みたいになってしまいますから」

渕上さんと保護者が話す様子

お弁当を受け取りに来た親子連れと会話する渕上さん。コロナ禍で食堂が開けなくなった現在、貴重なコミュニケーションの時間です。

とはいえ、賑やかに食卓を囲むという本来のこども食堂からはほど遠い形式での活動を続けざるをえない状況に、もどかしさや無念さもあるに違いありません。多少感染者数が減少しても、保育の場を兼ねている以上、安易に大勢での会食を復活させるわけにはいきません。また、フードパントリーがなくなると困窮する人もいる一方、お弁当の方がより多くの人に受益できる部分はあると渕上さん。とはいえ「こういう状態が続くのは、私たちにとってもいいことではありません」と語ります。

お弁当を受け取りにきた学童保育のOB
フードパントリー用の袋を抱えた子ども

左は団欒長屋創設の頃から学童保育に通っていたOBの一人。右は自転車のチャイルドシートに座って、お米やインスタント食品などがぎっしり入った袋をうれしそうに膝に抱える子ども。

しかし、渕上さんはあきらめず、少しずつ前を向いて進み始めています。以前はよく縁日や流しそうめんなどのイベントを開いていた団欒長屋前の私道を活用し、今年5月には工作教室を開催。今後もこうした屋外での交流イベントを企画していくそうです。

コロナ後、久々にイベント開催で賑わう建物前の私道

建物前の私道は車も入れないため、格好のコミュニケーションの場に。コロナ禍で交流もままならない日々が続いていましたが、久々のイベントは大盛況。保護者やスタッフ同士の会話も弾みました。

最後に、こども食堂を支援したいという思いはあっても、なかなか一歩が踏み出せないという人に向け、渕上さんはこんなエールを送ってくれました。

「独身や子育てに無縁な世代の方だと、ボランティアとして自分が行っても何の役にも立たず邪魔になるのでは、などと躊躇しがちかもしれません。でも、誰にもできることは必ずありますし、私たちはいらしていただけるだけでもうれしいんです。一緒にその場に居合わせ、同じものを見て、同じ時間を過ごす。それだけで十分です。ぜひ気軽にお立ち寄りください」

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