GLOBAL INDEX
December 2016

FEATURE
"Republic of India"

02

現地に根ざした
クボタの戦略
マルチパーパストラクタ

圧倒的な燃費の良さと高効率性を実現したマルチパーパストラクタ

一大プロジェクトが始動
インド市場に新型トラクタを

2008年、クボタはインド市場に参入を果たしたが、農業機械の国内トップメーカーであり、欧米、東南アジアなどグローバルに展開しているクボタにしては、遅きに失した感は否めない。それまでクボタがインド市場参入に踏み切ることができなかったのは、稲作のみならず多様な畑作体系に適応したトラクタを保持していなかったことによる。小型軽量・コンパクトというクボタトラクタの、稲作市場における優位性は、インドでは通用しないのだ。「ならば、インド仕様のトラクタを作るしかない」――すなわち、KAIを立ち上げた時点で、すでにクボタ社内では、新型トラクタであるマルチパーパストラクタ「MU5501」の構想・検討が始まっていた。既存の製品で戦うのではなく、新たなトラクタを市場に投入するという、画期的かつチャレンジングな一大プロジェクトだった。

マルチパーパストラクタの用途は、実に多様だ
マルチパーパストラクタの用途は、実に多様だ
稲の残幹収穫機を牽引する
コンバインの動力源としても使用される

小型トラクタが新たな市場を創出
浸透し始めたクボタブランド

KAIがまず取り組んだのは、新型トラクタ投入までに、クボタブランドをインド市場に浸透させることだった。得意とする中型のL型トラクタを南部地域に、次いで小型のB型トラクタを西部の果樹市場に投入した。L型は強湿田地区では「軽量・4WDの作業効率性」が評価されたものの、インドの大多数を占める畑作、トレーラー車牽引といった多用途を求めるユーザーニーズを満たせず、限定的な販売に留まった。

一方、B型は「小型・高馬力」を活かし、果樹(ブドウ)の防除作業(殺虫剤噴霧)、サトウキビ・綿花の中耕管理作業で、その価値が評価され新たな市場創出に成功、インド農機事業の柱となった。高い評価を得たのは、特にブドウの防除作業で均一、且つ、高効率の殺虫剤噴霧を実現できるようになった。それが作物の品質向上につながり輸出拡大、農家収益向上に貢献した。この新しいビジネスモデルは市場にインパクトを与え、他社も追随してくることになる。B型トラクタの成功は、新型トラクタ投入までの、いわば強固な基盤的役割を果たし、徐々ではあるがクボタブランドを市場に浸透させる原動力となった。販売の要であるディーラー網も拡大、新型トラクタ投入の環境は整いつつあった。

ブドウ畑で防除作業を行うB型トラクタ。この評価が、インド市場の開拓につながった

マーケットインで臨んだ市場調査
開発コンセプトは、
燃費・耐久性・操作性

トラクタ海外営業部
瀬志本 信太郎

2012年、クボタは新型トラクタの開発プロジェクトを始動させる。インド市場の本格的な調査・分析が開始されたのだ。クボタはこれまでも、ユーザーニーズを的確にキャッチし製品開発に反映させてきたが、インドではそれをさらに徹底させた。市場密着、すなわち“マーケットイン”のスタンスで臨んだのである。そのマーケティングを担当した一人が、トラクタ海外営業部の瀬志本信太郎である。

「徹底してユーザーである農家の方の声を聞くこと、インドではどのようなトラクタが求められているのか、それを明確にすることがミッションでした。過去の事例に捉われずインドの農家のニーズを多元的に分析することを心がけました。200件以上のユーザーにヒヤリングを実施したと思います」

こうしたマーケットインの取り組みから見えてきたもの。それは、クボタがこれまで成功してきた稲作市場とは、まったく異なるトラクタへのニーズだった。まずインドでは、日々の移動や運搬、軽土木用途など、1年中トラクタをフル活用する。その使い方も荒く、トレーラー牽引では、前輪が浮いた姿勢で走行する姿も見られた。トラクタをコンバインの収穫・走行機能の動力源とするという、驚くべきインド独自の使われ方もされていた。なかでもインドのユーザーにとって、トラクタの高い牽引力は必須の要素だった。また、生活のあらゆる面で使用するため、特に燃費に対しては非常に敏感であることもわかってきた。長時間使用するため、疲れにくい操作性も重視された。こうして新型トラクタのコンセプトが固まっていった。

「マーケット調査から導き出された結果をもとに、新型トラクタは、従来のインド製同等の重量、車格、牽引力に加えて、燃費、耐久性、操作性でインド製を上回ることをコンセプトとしたのです」(瀬志本)

クボタトラクタのアイデンティティを覆す
未踏の領域への挑戦が始まった

クボタ農業機械インド株式会社
営業担当取締役
藤井 良明

現在、KAIの営業担当取締役である藤井良明も、瀬志本同様、当時日本からインド市場の調査に取り組んだスタッフの一人である。

「クボタは、欧米、東南アジアではネームバリューがあると思いますが、ここインドでは誰も知らないブランドでした。さらに、インドは29州からなる広大な連邦共和国。州ごとに言葉も文化も慣習も異なるところに、アプローチの困難さがありました。しかも我々のトラクタのアイデンティティは、小型軽量・コンパクトだったわけですが、そのアイデンティティを覆すような製品ニーズがあったわけです。最も重視されるのが牽引力。それには軽量でなく重量が求められます。クボタにとって未踏の領域への挑戦でした」

新型トラクタはユーザーニーズである多用途対応のトラクタであることを訴求するため、「マルチパーパストラクタ」と命名、プロダクトネームは「MU5501」。55馬力のハイエンドクラスをターゲットとした。こうして、藤井が言う「未踏の領域」への挑戦は、具体的にエンジニアの手による開発のフェーズへと進んでいく。そこには困難な高い壁がそびえていた。いかにその壁を突破するか――。エンジニアたちの、不断の努力と執念が結実していくことになる。

サトウキビ畑の整地作業で活躍するマルチパーパストラクタ