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LIFE

食料安全保障や持続可能な農業の促進に貢献アフリカ大陸を潤す水田と
日本の稲作技術

2022 . 12 . 16 / Fri

タンザニアのローア・モシ地区に広がる広大な水田の風景

写真・文:クボタプレス編集部

2022年8月、日本政府が提唱・主導する、アフリカの開発をテーマにした国際会議「TICAD*1 8」が開催されました。会期中には、アフリカにおける多様な問題について議論が行われましたが、そのうちの一つのテーマが稲作の振興です。食料自給率が低く、主食となる作物の多くを輸入に頼っているアフリカでは、食料の安定供給が課題。そこで、アフリカ各国ではその解決策の一つとして米の国産化を進めており、日本の稲作技術が注目されているのです。

2008年の「TICAD 4」で設立され、JICA(独立行政法人国際協力機構)が中心的役割を担う「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」は、10年間でサブサハラアフリカ*2のコメ生産量倍増を達成。2030年までにさらなる倍増をめざす「CARDフェーズ2」をスタートし、さまざまな取り組みを行っています。CARD事務局ジェネラル・コーディネーターを務める羽石祐介さんに、アフリカにおける稲作の現状と今後の展望について聞きました。

  1. *1.Tokyo International Conference on African Development(アフリカ国際会議)の略で、日本政府が提唱・主導する、アフリカの開発をテーマにした国際会議のこと。2022年8月には8回目をチュニジアで開催。
  2. *2.サハラ砂漠以南のアフリカ。つまり、北アフリカ以外のアフリカを指すが、国連の定義では北アフリカのうち、スーダンはサブサハラアフリカに含まれる。

「最後のフロンティア」と言われるアフリカ

アフリカの2022年現在の人口は約14億人ですが、2050年には世界人口の4人に1人に当たる約25億人になるといわれています。また、人口を年齢順に並べた中央値である中位年齢で見ると、2021年現在で日本は48.4歳なのに対し、アフリカは19.7歳。2050年でもまだ25歳前後という若さです。

こうした将来性の大きさから、アフリカは「地球最後のフロンティア」と称され、巨大なマーケットとして世界から注目を集めています。

アフリカの人口および平均年齢の推計

アフリカの人口と平均年齢を予測したグラフ

アフリカの人口は30年後には今の2倍弱、80年後には約3倍になると予測されています。また、平均年齢(中位年齢)は非常に低く、30年後でもまだ25歳未満という若さです(出典:国連「世界人口推計2022」)。

アフリカと他地域の人口推計の比較

アフリカと他の地域の人口推計を比較したグラフ

アフリカの人口推計を他の地域と比較したグラフ。2050年以降、アジアが下降線を辿るなか、サブサハラアフリカの増加率は他地域を圧倒しています(出典:国連「世界人口推計2022」) 。

しかし、その一方で、貧困、政情不安、水や食料の不足など、問題も山積しています。食料不足に関しては、2007~2008年にかけて世界的に穀物価格が上昇した折にも、アフリカへの食料輸入が困難となり、各地で暴動が起こりました。今後はコロナ禍や気候変動、ロシアのウクライナ侵攻などの社会情勢の変化に加え、急速な人口増が予測されていることから、米・トウモロコシ・小麦など、いかに主食となる作物の国内生産量を上げ、自給率を上げていくかが喫緊の課題です。

10年間で倍増した米の生産量をさらに倍増させる

アフリカの主食となる作物は穀類だけでなく、キャッサバ、食用バナナなど多種多様ですが、その中で近年、特に人気が高いのが米です。調理や保存がしやすい米の消費量は都市部で急増しており、供給が追いついていません。

アフリカにおける主食用作物消費量の変化

アフリカにおける主要6作物の生産量を1961年と2020年で比較した表

主食用作物6種類の生産量を1961年と2020年で比較。全体的に生産量が増えていますが、他は順位が変わらないのに対し、米だけが第6位から第3位に躍進。生産量も約9倍に。経済成長や都市化に伴い、いかに米の需要が急増しているかがうかがえます(出典:FAOSTAT)。

こうした背景から、2008年、日本政府が横浜で開催したTICAD 4で、米の生産拡大に向けたアフリカの稲作振興プロジェクト「CARD*3」が発足しました。CARDでは10年間でサブサハラアフリカの米の生産量を倍増させるという目標を掲げ、2018年にそれを達成。2019年から始まった「CARDフェーズ2」では米の生産量を2030年までにさらに倍増することを新たな目標としています。

  1. *3.Coalition for African Rice Development(アフリカ稲作振興のための共同体)の略。サブサハラアフリカ23カ国のメンバー国と、11のドナー(支援を行う機関)によって2008年にスタート。現在、メンバー国は32カ国、ドナーは14機関に増え、さらにアフリカの地域共同体が5機関加わりました。日本のJICAが運営委員会の中心的役割を担っています。

CARD事務局ジェネラル・コーディネーターの羽石祐介さんは、現在アフリカが世界から注目されていることについて、次のように語ります。

「“最後のフロンティア”というのは先進国側から見たビジネス上の視点が前面に出た言葉であり、他の地域がすでに市場としては飽和状態になりつつあるため、アフリカに注目が集まっているというのが実情だと思います。ただし、それによってアフリカが受ける恩恵は大きいため、この機をチャンスととらえ、経済成長に生かそうとしているのを感じます」

CARD事務局ジェネラル・コーディネーターの羽石祐介さん

現在、JICAから派遣され、CARD事務局ジェネラル・コーディネーターを務める羽石祐介(はねいし ゆうすけ)さん。

羽石さんによれば、2008~2018年のCARDフェーズ1では、米の作付面積を拡大することで生産量を増やしてきたものの、稲作にふさわしい土壌と水があり、かつアクセスしやすい土地はどんどん少なくなってきているため、フェーズ2では1ha当たりの生産量を上げていく必要があるとのこと。

その一方で、単に生産量を増やせば、それに比例して自給率が上がるわけではないという現実も見えてきました。以下のグラフからわかるように、生産量は年々増えているにもかかわらず、自給率は10年たってもあまり上がっていないのです。

アフリカの米の生産量と自給率の推移

アフリカの米の生産量と自給率の推移を示したグラフ

CARDフェーズ1では目標どおり、アフリカの米の生産量が2008~2018年の10年間で倍増したにもかかわらず、自給率は横ばい(出典:FAOSTAT 自給率は、FAOが定義する生産量/(生産量+輸出入量)に従い、JICAアフリカ部が算出)。

「自給率が伸び悩んでいるのは、米の消費量は増える一方で、海外からの輸入米がどんどん増えているからです。がんばって雑草を抜き、害鳥から稲を守り、苦労してたくさんの米を作っても、一般的に安くて良質な輸入米が市場では好まれる──これではなかなか、稲作に取り組む農家が増え、収益が上がり、自給率が向上するという好循環は生まれません。ここが今、非常に大きな課題になっています」

今後求められるのは「量より質」の米づくり

こうした状況を打開し、輸入米に勝る商品性を獲得するために、今後は「量より質」の米づくりをめざしていかなければならないと羽石さんは語ります。

CARDフェーズ2では、各国の国産米の競争力を強化し、民間セクターと一層連携を進めるべく、米になぞらえて「RICE」と名づけた以下のような戦略的アプローチを導入しました。

CARDフェーズ2における「RICEアプローチ」

RICEアプローチの概要を示した図

「量より質」の米づくりを実現するための具体的な活動を、4つの視点からわかりやすく示した「RICEアプローチ」。

Resilience(強靭さ)とは、気候変動に強い品種や農法を開発し、普及させること。Industrialization(産業化・工業化)では機械化を促進し、稲作をビジネスとして成立させるため、流通の問題にも取り組み、民間セクターの関与や投資を支援します。Competitiveness(競争力強化)とは、品質面および価格面で国産米の競争力を伸ばすこと。優良な種を適切に使用することで生産増を目指すとともに、精米など、収穫後の処理技術の向上により、小石の混入を防ぎ、砕米と呼ばれる割れた米を減らし、色が均一で良質な白米を市場に送り込むことができます。Empowerment(能力向上)では、世帯収入を上げるための訓練の実施や小規模農家による融資の利用を進めていきます。
このRICEアプローチの中でも、IとCの分野の取り組みが、アフリカの米の品質向上の鍵を握ると羽石さんは言います。

ケニアのムエアにある米生産者協同組合で職員がクボタのコンバインを点検する様子

ナイロビから100kmほど離れたケニア最大の稲作地帯、ムエアにあるMRGM(Mwea Rice Growers' Multipurpose Cooperative Society Ltd. ムエア米生産者協同組合)で、職員がクボタのコンバインを点検している様子。

ケニアのムエアにある精米所

同じくMRGMにあるムエア最大の精米所。

ムエアにあるケニア農業・畜産研究機構の実験棟で研究員が研究を行う様子

ムエアにあるKALRO (Kenya Agricultural & Livestock Research Organization ケニア農業・畜産研究機構) の実験棟。JICAの支援によるDNA解析機器類を備え、現代の稲の研究に不可欠なDNAの抽出やマーカー選抜などを行っています。写真の研究員はいずれも日本への留学経験があり、専門技術を習得済みです。

CARDフェーズ2に入り、もう一つ力を入れている取り組みが、各地域共同体の連携強化です。

「もし自国に米をつくる能力がなくても、隣の国で作ったものが融通される仕組みができれば理想的です。そのような地域ブロックでの自給をめざすことで、食料安全保障につなげていきたいと考えています」

CARDには現在、東南部アフリカ市場共同体(COMESA)、東アフリカ共同体(EAC)、中部アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、南部アフリカ開発共同体(SADC)といった各地域の共同体が加入しています。

さらに、国産米の振興には民間だけでなく、各国政府による効果的な政策の実行も欠かせないと羽石さんは続けます。

「たとえば輸入米に関税をかけることで、国産米が輸入米と競合できるようにするなど、政府が国産米を振興するために何らかの取り組みを行うことが必要だと思います。それが民間セクターの参入、稲作を始める農家の増加といった好循環を生み出す起点になるからです」

また、日本の稲作支援については、こう話してくれました。

「日本には他のどの国と比べても、特に水田稲作に関しては『一日の長』といえる独自の技術の蓄積があります。だからこそ、JICAはCARDにおいて中心的な役割を担っています。クボタさんをはじめ、日本の民間企業にはいずれも高い技術がありますから、その強みを生かして支援を広げ、風穴をあけていただければと願っています」

日本が支援する水田稲作がアフリカにもたらした希望

ところで、アフリカにはCARDの誕生よりはるか昔、1970年代から40年以上にわたり、日本が稲作振興のための資金援助や技術協力を継続して行い、成果を上げている国があります。アフリカ東部のタンザニアです。キリマンジャロのふもとにあるローア・モシかんがい地区を訪れると、見渡す限りの水田が眼前に広がる光景に驚かされます。

今回、そのローア・モシ地区に隣接するキリマンジャロ農業研修所(Kilimanjaro Agriculture Training Centre, 以下、KATC)で農家の技術指導に当たっている、所長のニコデマス シャウリタンガさんにお話をうかがうことができました。

KATCの入口に立つシャウリタンガ所長

KATCの正面入口に立つニコデマス シャウリタンガ所長。

タンザニアとKATCの位置を示した地図

アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロのふもと、タンザニアとナイロビの国境に近い位置にあるKATC。

シャウリタンガ所長によると、日本の協力により1978年にこの地区で始まったかんがい(水田)稲作開発プロジェクトは、いくつかのフェーズを経て今日まで継続されており、KATCが設立されたのは、1994年。以来、ここを拠点に、タンザニアや近隣諸国の農家や農業改良普及に携わる多くの人々に、かんがい稲作の基本的な技術を指導してきたそうです。その後、政府は同様の研修所を国内6カ所に設立。こうして、KATCと併せて計7カ所の研修所で学んだ人々が、地元に帰って周りの農家に習得した技術を伝えていくという草の根の地道な活動により、大規模経営だけでなく、小規模な農家に至るまで、タンザニア全体に水田稲作技術が広まっていったのです。

タンザニア、ローア・モシ地区の水田風景

背後の山並みやバオバブなどサバンナ特有の樹木がなければ、日本の穀倉地帯かと見まがうような水田の風景が広がるローア・モシ地区。機械化が進み、クボタの農業機械も活躍中です。

かんがい稲作には高い技術力が求められることから、アフリカではまだ実施している地域は少なく、低湿地や畑地で天水に頼って行う天水稲作が主流ですが、タンザニアはかんがい稲作が普及した稀有な国と言えます。シャウリタンガさんはかんがい稲作と天水稲作の違いについて、こう語ります。

「かんがい稲作を行っているローア・モシ地区の平均的収量は1ha当たり約7tで、なかには10tの収穫量を上げる農家もあります。しかし、天水稲作の場合、せいぜい2tほどです。また、品質面も大きな差があります。天水栽培に比べ、かんがい栽培による米は成熟度が高いため、重くて良質なのです」

稲穂の実り具合を確認している様子

ローア・モシ地区でかんがい栽培によって育てられた米はずっしりと重く粒ぞろいで、天水栽培による米との品質の差は歴然。市場でも高値で取り引きされ、一部は隣国に輸出もされているそうです。

収穫量が増え、高品質さも備えるようになったことで、米は十分な市場価値を持ち、農家の人々の暮らしは大きく変わったとシャウリタンガさんは言います。

「研修を始めてから、大きな変化を実感しています。農家の人々は病院で治療を受けたり、子どもを学校に通わせたりすることができるようになりました。新たな家を建て、車やバイクを所有する農家も珍しくなく、生活に余裕が感じられます」

インタビューに応じるシャウリタンガ所長

稲作開発プロジェクトの当初からずっと支援を続けてくれているJICAへの感謝を述べるシャウリタンガ所長。今後もかんがい農業の普及に尽力したいと抱負を語ります。

タンザニアの農業において、農業機械がどのように貢献しているかについて、以下のように話してくれました。

「プロジェクトが始まった当初は、農家の多くが手作業で収穫していましたが、今は多くの人がクボタのコンバインを使用しています。ここでの収穫が終わると、もっと大規模な稲作が行われている南部のムベア州にコンバインを貸し出すという請負事業も行われています。クボタの農業機械に対する農家の信頼は厚く、今後はトラクタや田植機の普及も進んでいくのではないかと思っています」

タンザニアのローア・モシ地区で使用されるクボタのコンバイン

ローア・モシ地区で活躍するクボタのコンバイン。

先にお話をうかがった羽石さんによると、タンザニアは今では米の自給率がほぼ100%に近くなり、どの町のマーケットに行っても、見た目も非常に美しい国産米が並び、等級によって価格帯が分かれた状態で売られているそうです。「政府が積極的に舵取りを行い、よい米をつくれば市場価値が上がることを知った農家が次々にかんがい稲作を始め、さらに収穫量や質を上げるべく、機械化を進め、種の選別もしっかり行っていく──そういう循環が非常にうまく行った理想的な例と言えるでしょう」と羽石さん。

アフリカ全体の稲作振興を食料の安定供給につなげるためには幾多の困難があるものの、その一方で、水田稲作によるタンザニアの成功は、時間をかけて問題を解決し、前進していけば、いつかは理想のゴールにたどり着けるという希望を与えてくれます。

他の国に真似のできない、日本ならではの支援とは、タンザニアにおいて日本が長い時間をかけて信頼関係を築いてきたように、「長い目で見て相手のためになることは何か」を見据えながら、地道な取り組みを行っていくことなのかもしれません。

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