GLOBAL INDEX
December 2017

FEATURE
"Precision Farming"

01

「精密農業」とは何か?
オランダに見る精密農業の今

精密農業はICTの活用により、生産性を向上させる

収量・品質の向上、
環境負荷低減を目指す精密農業

オランダといえば風車。海抜が低いための海水排水用、農地への灌漑用、製粉のための工業用の動力源として使われてきた

精密農業(Precision Farming)──その定義は、国際的に様々なとらえ方が存在する。たとえば全米研究協議会では「情報を駆使して作物生産にかかわるデータを取得・解析し、要因間の関係性を科学的に解明しながら意思決定を支援する営農戦略体系」とし、イギリスの環境食料省穀物局では「一つの圃場内を異なるレベルで管理する栽培管理法」と定義する。クボタは精密農業を、「データを活用することで、肥料、薬剤、水、燃料等のコストを最小化し、収量の最大化を目指す営農技術。加えて、食味や品質向上、トレーサビリティ、ノウハウの伝承、重労働の軽減も叶える」としている。かつて精密農業は、先端技術のみにフォーカスされた時期もあったが、現在では高度な農場管理手法の一つと見なされるようになってきた。複雑で多様なばらつきのある農場に対して、事実の記録に基づくきめ細かな管理を実施して、地力維持や収量と品質の向上および環境負荷軽減などを総合的に達成しようという農場管理手法と言えるだろう。

この精密農業の実践を支援するのが、ICT、さらにはIoT(Internet of Things=モノのインターネット)やAI(ArtificialIntelligence)などの先進技術を活用した各種ツールだ。天候などの環境情報を把握するフィールドセンサ、土壌センサ、生育状況の把握ではドローンなどを活用したリモートセンシング、収量においては収量モニタ付きコンバインでの収量計測、さらに肥料・薬剤などの調整ではGNSS(※注1)を搭載した可変制御可能な作業機など、様々な支援ツールが開発されている。90年代後半から、これらツールの開発とともに急速に普及してきたとされる精密農業だが、その始まりはアメリカと言われており、主に生産性向上を目的として普及が進んでいる。これは精密農業によるコスト低減効果が出やすい大規模農家が多いためだ。一方、欧州の精密農業は、生産性向上に加えて、肥料、薬剤の最適化による環境保全を目的とした導入が進められており、イギリス、フランス、ドイツ等の国々において、積極的な取り組みが見られる。

オランダは国土の4分の1が海面より低い干拓地であり、首都アムステルダムには無数の運河が張り巡らされている

世界第2位の農産物輸出国
オランダ農業の強さ

精密農業先進国の一つとされるのがオランダだ。オランダの国土は約415万ha。そのうち農用地は約4割(184万ha)であり、狭小な耕地で作物を栽培している(農地のほぼ半分は牧草地)。このような条件にもかかわらず、オランダはアメリカに次ぐ世界第2位の農産物輸出国。2016年のオランダ農産物輸出額は約965億ドル(米国・同1356億ドル)(※注2)。オランダの後にはドイツ、ブラジルや中国など広大な耕地面積を有する国も続いており、オランダの存在はひときわ目立つ。オランダ農業は非常に強い国際競争力を有しており、その輸出品目はチューリップなどの花き類(観賞用植物)、調製食料品、タバコやチーズなど。原材料を輸入して付加価値を付けて輸出する加工貿易に近い、独特の農業モデルとなっている。農産物生産における生産高のみを見れば、小麦やジャガイモが上位を占めるものの、花き類のほかトマトやキュウリなどの果菜類、高収量な牧草を生産する草地酪農、養豚、養鶏などの集約畜産などが高い付加価値額(売上総利益)を達成している。

こうしたオランダの農業を支えている背景の一つが、政府支援の下で進められている農業・食品のイノベーションの取り組みだ。オランダ中東部ヘルダーランド州ワーヘニンゲン市に「フードバレー」と呼ばれる産業集積地がある。ここでは農学研究の世界的権威であるワーヘニンゲン大学・リサーチセンターを中心に、官民一体となった農学の研究開発が進められている。その重要テーマの一つが精密農業。ワーヘニンゲン大学・リサーチセンターで精密農業の研究に取り組むコルネ・ケンペナー(Dr.CornéKempenaar)教授に話を聞いた。

生乳(牛)の生産量も高く、チーズは重要な輸出品目の一つだ
チューリップを始めとする花き類は、輸出額世界一を誇る

持続可能な農業のために
精密農業は必要不可欠

ワーヘニンゲン大学・リサーチセンター 教授
コルネ・ケンペナー氏

ケンペナー教授は穀物学や作物疫病学から農学研究を開始し、その延長線上で精密農業研究に携わるようになった。欧州精密農業のオーソリティの一人でもある。

「精密農業が急速に普及している背景にあるのは、持続可能な農業のために必要とされているからです。少ない資源による高い収量、急激な気候変動に対処できる農業や環境負荷を低減した農業など、これらの実現に精密農業は非常に有効です。農業を持続可能とすること、そして世界の食料問題解決に資するポテンシャルを有しているのが精密農業です」

ケンペナー教授によれば、オランダ農業の特長は狭い土地で高い生産性を達成していることであり、その効率性の追求と精密農業に親和性があったことから、精密農業は急速に普及したと言う。しかしケンペナー教授は、今後の精密農業の普及には大きな課題があると指摘する。

「精密農業は知識集約型の営農システム。精密農業を実践するためのツール、技術は豊富にありますが、問題なのは農家の人たちの理解が進んでいないことです。どうやってシステムを使うか、センサで集めた情報をいかに活用するか。精密農業促進プログラムなど教育・指導の必要性も感じています」

こうした世界的に進展している精密農業に対して、クボタはどのようなアプローチを試みているのか。クボタは精密農業(PrecisionFarming)をさらに進化させた概念としてスマート農業(Smart Farming)を掲げ、国内の稲作市場において先駆的な試みをすでに実践している。

※注1…人工衛星を利用した位置情報計測システム、たとえばアメリカのGPS やヨーロッパのガリレオなど。
※注2…UNCTAD(United Nations Conference onTrade and Development)(国際連合貿易開発会議)統計

アムステルダム郊外の田園風景の中にたたずむワーヘニンゲン大学・リサーチセンター

オランダの農林水産業の概要
(農林水産省HPより抜粋)

国土面積は九州とほぼ同じ大きさ。44%に当たる184万haが農用地。
ライン川下流の低湿地帯に位置し、国土の4分の1が海面より低い干拓地。
狭い国土を有効に活用し、施設園芸による花き・野菜等の生産や畜産(酪農含む)を中心に、小さな経営面積でも高い収益をあげる農業を振興、EU市場を中心に輸出。
農産物の輸出額は909億ドルで、米国に次ぐ世界第2位。約4分の3は関税が無く、検疫の制約も小さいEU加盟国へ輸出(2013年)。農産物の輸入も輸出額の約3分の2に上り、加工貿易・中継貿易が盛ん。
一経営体あたり平均経営面積は27.4ha(2013年)。
主要農畜産物は、花き類(チューリップ等)、ばれいしょ(輸出額世界第1位)、玉ねぎ、トマト(同2位)、キュウリ、パプリカ、生乳(チーズの輸出額世界第2位)、豚肉等(以上2013年順位)。